米Appleの「AirPods」に代表される、TWS(True Wireless Stereo)イヤホンではMEMSのマイクロホンが多数使われる一方で、スピーカーは電磁石で駆動する部品が使われ続けている。理由は、スピーカーの性質と微小機械であるMEMSはそもそも相性が悪いからだ。しかし、スピーカーもMEMSで、という動きが顕在化してきた。(本誌)
MEMSにとっての昨今の成長ドライバーは、TWS(True Wireless Stereo)イヤホンである。TWSイヤホンは、2021年に年間3億セット超が売れたとされ、市場はなお拡大中である。TWSイヤホンには、片耳につき1~3個のMEMSマイクロホン、加速度センサー、タッチセンサーなどが使われている。MEMS骨伝導マイクロホンの利用も広がっていくだろう。TWSイヤホンはまさにMEMSの塊といえる。筆者は、数年来、MEMSスピーカーに注目してきたが、ここに来て、TWSイヤホンの最重要部品であるスピーカーをMEMSに置き換える動きが活発になってきた。
MEMSスピーカー不在の理由
TWSイヤホンには電磁石による駆動を利用したダイナミック型またはバランスドアーマチュア型のスピーカーが使われている。今、これらの電磁スピーカーを置き換える圧電MEMSスピーカーが注目を集めている。MEMSスピーカーは20年も前から研究され、それ自体は新しいアイデアではない。しかし、近年まで大きな注目を集めてこなかった。その理由の1つには、スピーカーとMEMS技術との本来的な相性の悪さがある。
音圧レベル(SPL)、すなわち音の大きさは、振動膜の面積、振幅、および周波数の2乗に比例する。ちなみに、SPLは対数で表すので、音圧が2倍になれば、6dB大きくなる。SPLを大きくするには、振動膜を大きくし、大きな変位で動かさなくてはならないが、そのどちらもMEMSにとって苦手なことである。まず、巨大なMEMSチップはコスト的に成り立ちにくいし、壊れやすい。歩留まりにも不利である。また、大きな変位を発生させることもMEMSアクチュエーターにとって容易ではない。周波数が低くなれば、つまり低音になれば、音圧を維持するために振動膜か、振幅を大きくしなければならず、なおさらMEMSスピーカーには不向きである。
このような課題に光明を与えたのは、PZT(チタン酸ジルコン酸鉛)薄膜を用いたMEMSアクチュエーターの進歩である。PZT薄膜は古くからMEMSに利用されてきたが、これまでの用途はほとんどジャイロセンサーとインクジェットプリンターヘッドであった。
ジャイロセンサーでは、マスを共振させるのにPZT薄膜が使われているが、比較的小さなパワーで駆動すればよい。また、ジャイロセンサーは気密封止されており、PZT薄膜が湿気などにさらされることはない。従って、ジャイロセンサーは、PZT薄膜にとってそれほど過酷ではない用途といえる。