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 北海道大学・北裕幸氏の研究グループ 
再エネ大量導入に必須の疑似慣性力
短時間/高精度の評価可能に

電力系統を表現する伝達関数
電力系統を表現する伝達関数
スマートインバーターの動作を、入力がΔV0(d軸とq軸の電圧偏差)とΔf(周波数偏差)、出力がΔI0(d軸とq軸の電流偏差)の伝達関数として記述する(出所:北氏)
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 日本政府は、2050年までの完全なカーボンニュートラルの実現を目標に掲げる。これを達成するには、太陽光発電などの再生可能エネルギーの大量導入が必須だ。

 ところが再生可能エネルギーを大量に導入すると、電力系統(配電系統)が不安定に陥る危険性が指摘されている。なぜならば、再生可能エネルギーの導入と引き換えに火力発電が減ってしまうからである。火力発電は回転体である発電機を使っているため、電力系統で周波数変動が発生しても、回転体に蓄えられた回転エネルギーを一時的に使って自動的に微調整できる。いわゆる「慣性力」である。しかし太陽光発電は、インバーターを使って電力系統と連系するため慣性力が一切ない。このため電力系統全体の慣性力が低下してしまう。何らかの理由で電力系統の周波数が急激に変動すると、最悪の場合、電力系統がドミノ倒しのように停止して大規模停電に至る可能性がある。

 こうした事態を引き起こさないための解決策として現在検討されているのが、擬似的な慣性力を持たせたインバーター「スマートインバーター」を太陽光発電に組み合わせて導入することである。海外ではすでにスマートインバーターの電力系統への実装が徐々に始まっている。

電力系統を伝達関数で記述

 しかし、北海道大学大学院情報科学研究院教授の北裕幸氏の研究グループに所属する准教授の原亮一氏は、「スマートインバーターを国内に広く普及させるには、課題がまだ2つ残っている」と指摘する。1つは、スマートインバーターが備えるべき性能が規定されていないこと。もう1つは、電力系統にスマートインバーターを導入した際の効果を評価する手法が確立されていないことだ。

 この2つの課題を解決すべく、北氏の研究グループでは、電力系統にスマートインバーターを導入した際の効果を評価する技術を開発した。もっとも、評価手法自体は従来からあった。それは電力系統を構成するスマートインバーターや負荷、変圧器、配電線などを一つずつモデル化して解析する詳細モデル手法である。この手法であれば、高精度で解析できるが、解析対象となる電力系統の規模が大きくなると計算時間が長くなってしまう。「現状のコンピューターの計算能力では、時間がかかりすぎて現実的ではない」(研究を主導する博士課程の川島伸明氏)。

 そこで北氏らが考案したのは、詳細モデル手法とほぼ同等の精度を確保しつつ、計算時間を大幅に減らせる縮約モデル手法である。まずは、スマートインバーターの動作を、入力がΔV0(d軸とq軸の電圧偏差)とΔf(周波数偏差)、出力がΔI0(d軸とq軸の電流偏差の)伝達関数として記述する(タイトル横の図)。その後、周辺にある負荷や変圧器も伝達関数で記述して、各要素を順次合成していく。伝達関数であるため、直列接続の要素は掛け算、並列接続の要素は足し算で合成できる。最終的には、すべてのスマートインバーターを1つの伝達関数で表現する(図1)。

図1 縮約モデル手法の手順
図1 縮約モデル手法の手順
(a)が縮約の対象となる電力系統。(b)においてまず、スマートインバーターを伝達関数で記述する。その後、(c)〜(e)で、周囲にあるスマートインバーターや変圧器、負荷などを合成していく。最終的には、(f)で示すように1つの伝達関数に合成する(出所:北氏)
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 ただし、単純に1つに合成するだけだと、伝達関数の次数は極めて大きくなる。「次数の大きさは、計算時間の長さに直結する」(原氏)。そのため計算時間を短縮するには、次数を減らさなければならない。そこで次数を強制的に減らす。その際、ラウス近似法を使うことで、次数を減らす前と後で伝達関数の内容が変化しないように工夫した。

 開発した縮約モデル手法の効果は極めて大きい。電力系統モデルに対して周波数の擾乱(じょうらん)を与えて、有効電力と無効電力がどのように変化するかを詳細モデル手法と縮約手法で解析した1)。周波数の擾乱は、50Hzから49.65Hzに落ち、その後50Hzに戻るというもの。解析の結果、縮約モデル手法は、スイッチングによるリップルは再現できなかったが、有効/無効電力の平均値は詳細モデル手法とほぼ同じだった(図2)。計算時間はスマートインバーターの台数が17台の場合、詳細モデル手法では30時間以上かかったが、縮約モデル手法では2分58秒に短縮できた。つまり、縮約モデル手法を使えば高い計算精度のままに、計算時間を大幅に短縮できる。

図2 解析結果
図2 解析結果
詳細モデル手法と縮約モデル手法を使って、電力系統に周波数の擾乱を与えた際の有効電力と無効電力の変化を計算した結果である(出所:北氏)
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参考文献
1)川島伸明、原亮一、北裕幸、『周波数・有効電力制御機能を有するスマートインバータ群の縮約手法』、電気学会論文誌B分冊、Vol.141、No.4、pp.307〜315、2021.