全7380文字
PR

 長岡技術科学大学・江偉華氏の研究グループ 
加速器駆動も半導体で
MARX回路にチョッパー制御を合体

チョッパー型MARX電源
チョッパー型MARX電源
4個のMARXセルから成るユニットを20個接続して、120kVと高いパルス電圧を生成する(出所:江氏)
[画像のクリックで拡大表示]

 現在、高エネルギー加速器研究機構(KEK)は2030年後半の実用化を目指し、国際リニアコライダー(ILC:International Linear Collider)の開発を進めている。リニアコライダーとは、超高エネルギーの電子や陽電子を衝突させる実験に向けた直線式の加速器。この加速器において、電子を加速させるマイクロ波の発生源として用いられるのがクライストロンと呼ぶ電子管である。

 クライストロンは、パルス電圧を印加して駆動する。ここで問題になるのは、国際リニアコライダーのクライストロンを駆動するパルス電圧の要求仕様が極めて高いことだ。具体的には、パルス電圧は120kVと高く、パルス幅(パルスが立ち上がって降下するまでの電圧が平坦な期間)は1.65msと非常に長く、しかも平坦な期間の電圧誤差は±0.5%しか許されない(表1)。

表1 クライストロンの駆動に用いるパルス信号の要求仕様
(出所:江氏)
表1 クライストロンの駆動に用いるパルス信号の要求仕様
[画像のクリックで拡大表示]

 一般に、高いパルス電圧を発生させる際には、「MARX(マルクス)回路」を使う。この回路は、コンデンサーを並列で充電して十分に電荷が蓄えられた状態で、直列に接続したスイッチをオンすると電荷が一気に放電されて高圧のパルス電圧が発生する。この回路を、さらに縦方向に複数個接続して稼働させれば、120kVという高いパルス電圧を得られる。

 しかし、長岡技術科学大学の電気電子情報系教授であり、極限エネルギー密度工学研究センター長も務める江偉華氏によると、「従来のMARX発生回路は、パルス電圧をコンデンサーの放電で作るため、放電が進めば進むほど電圧が低下していく。もちろん、静電容量が非常に大きいコンデンサーを使えば電圧の低下を抑えられるが、サイズが極めて大きくなる課題を抱えていた」と指摘する。

位相をずらしてリップルを低減

 そこで江氏らはこの課題を解決すべく、MARX回路にチョッパー制御方式を組み合わせる回路構成を考案した1)。同氏によると、「チョッパー制御とMARX回路を組み合わせた高電圧パルス発生器(チョッパー型MARX電源)の開発は業界で初めて」という。

 チョッパー制御とは、スイッチング回路を使って出力電圧(電流)を切り刻み、そのデューティー比(オン時間とオフ時間の比)を調整することで一定の出力電圧を得る制御方式である。開発したチョッパー型MARX電源では、コンデンサーの放電によって発生するパルス電圧をあらかじめ高めに設定しておき、放電が進むとともにチョッパー制御のデューティー比を徐々に下げていく。こうすることで希望する出力電圧に常に合わせ込む仕組みである。従来のMARX回路は、電磁スイッチなどを使っていたため、緻密なスイッチ制御が難しかった。今回、半導体スイッチを使うことで、チョッパー型MARX電源を実現できた。

 120kVという高いパルス電圧は、1個のスイッチと1個のコンデンサーからなるMARXセルを縦方向に複数個接続することで作成した。具体的には、チョッパー型MARX電源の1ユニットを4つのMARXセルで構成し、6kVのパルス電圧を得る(図1)。そして、このユニットを20個接続することで120kVのパルス電圧を得た(タイトル横の写真)注1)

図1 チョッパー型MARX回路の構成
図1 チョッパー型MARX回路の構成
1ユニット分の回路構成である。4個のMARXセルを縦方向に接続することで、6kVのパルス電圧を生成する(出所:江氏)
[画像のクリックで拡大表示]
注1)20個のユニットを接続したチョッパー型MARX電源は、長岡技術科学大学のほか、高エネルギー加速器研究機構(KEK)とパルスパワー技術研究所(PPJ)で共同開発した。

 ただし、同氏によると「チョッパー制御とMARX回路を単純に組み合わせただけでは、パルスが平坦な期間の電圧誤差を±0.5%に抑え込めない」という。なぜならば、チョッパー制御を実行する際にMARXセルにおいてリップル成分が発生してしまうからだ。各MARXセルのチョッパー制御の位相がまったく同じだと、そのリップル成分が重畳されるため電圧誤差が±0.5%を超える。

 従って、MARXセルのチョッパー制御の位相をずらす必要がある。そこでまずは、1ユニットを構成する4つのMARXセルの位相をずらした。スイッチングの周期は20µsである(スイッチング周波数は50kHz)。このため各MARXセルの位相を5µsずつずらした。ところが、電圧誤差は小さくなったものの、±0.5%以内には抑え込めない。

 そこで、位相をずらす対象を全ユニットに広げた。2つの方法で実験した(図2)。1つは、20ユニットの全MARXセル、すなわち80個のMARXセルの位相をそれぞれ1/80ずつずらす方法。もう1つは、20個のユニットの位相をそれぞれ1/20ずつずらす方法である。実験の結果、前者は誤差を±2.9%までしか減らせなかったが、後者は±0.7%まで抑え込めた。「後者についてはその後、各ユニットの出力を観察して手作業で位相を調整することで±0.5%以内に収めることに成功した」(同氏)。

図2 パルス電圧の誤差
図2 パルス電圧の誤差
(a)は、20ユニットの全MARXセル、すなわち80個のMARXセルの位相をそれぞれ1/80ずつずらした場合。電圧誤差は±2.9%。(b)は、20個のユニットの位相をそれぞれ1/20ずつずらした場合である。電圧誤差は±0.7%に抑えられた。なお実験は、原理確認のため、耐圧が低い半導体素子を使った。このためパルス電圧は5kV弱である(出所:江氏)
[画像のクリックで拡大表示]

SiCで電力損失を低減

 今回、チョッパー型MARX回路のスイッチング素子にはSiCパワーMOSFETを使った。「スイッチング動作自体はSiパワー半導体と変わらないが、SiCパワーMOSFETを使えば電力損失の改善と冷却の簡易化というメリットが得られる」(同氏)。続けて、「この研究成果で、クライストロンの駆動に向けたチョッパー型MARX回路の当大学での取り組みは一段落ついた。これでクライストロンの駆動において電子管を使う時代は終わり、本格的な半導体素子の時代が到来するだろう」と指摘した。

参考文献
1)佐々木尋章、江偉華、須貝太一、徳地明、澤村陽、明本光生、中島啓光、川村真人、『チョッパ型MARX電源の特性改善』、Proceedings of the 14th Annual Meeting of Particle Accelerator Society of Japan、pp.989-991、Aug. 2017.