名古屋工業大学・竹下隆晴氏の研究グループ
350kW出力で5分内のEV充電器
小型・高効率を実現
次世代のモビリティーとして期待が高まる電気自動車(EV)。しかし、これを広く普及させるには、まだいくつかの課題が残っている。そうした課題の中で、とりわけ早期解決が求められているのが充電インフラの整備だ。名古屋工業大学大学院工学研究科電気・機械工学系プログラム教授の竹下隆晴氏は、「そもそも充電ステーションの設置件数が少ない上に、充電時間がかかりすぎる。ガソリン車は約5分で給油が終わる。EVもこの程度で充電が済むようにしなければ普及はままならない」と指摘する。
EVの充電時間が長い理由は、バッテリー容量に比べて充電器の出力電力が相対的に小さいことにある。高速道路などに設置されている急速充電器の出力電力は40k〜50kW。これを使って、40kWhのバッテリーを20%から80%の容量まで充電すると約33分かかる。これでは長すぎる。「充電時間は、この約1/7の5分に短縮しなければならないだろう。従って、急速充電器の出力電力を約7倍に増やす必要がある」(同氏)。
そこで現在、世界各国の電源関連企業や研究機関などで、出力電力を350kWに高めた急速充電器の開発が進んでいる。いずれの取り組みも入力に商用電源のAC6.6kVを使うケースが多い。この入力に対して数回の電力変換を施すことで、500Vの直流電圧を生成して充電する。
採用する電力変換方法は、企業や研究機関によって異なる。同氏によると、「一般的なのは、4回の電力変換を利用する方法」という。すなわち、(1)6.6kVで50/60HzのAC電圧を400VのAC電圧に降圧、(2)400VのAC電圧をDC電圧に変換、(3)DC電圧を高周波電圧に変換(変圧器で絶縁)、(4)高周波電圧を500VのDC電圧に変換の4回である(図1(a))。しかし、この方法だと変換が4回もあるため電力損失が大きい。加えて、1回目の変換で商用変圧器が必要なため、体積が大きくなってしまう。
そこで同氏らは、モジュラー構成のマトリックスコンバーター(MMxC)と呼ぶ電源回路を採用した。MMxCを使えば、交流電圧を交流電圧に直接変換でき、変換回数を2回に減らせる。つまり、(1)6.6kVで50/60HzのAC入力電圧を高周波のAC電圧に変換、(2)高周波のAC電圧を500VのDC電圧に変換の2回である(図1(b))。「MMxCを使えば、電力損失を1/2に削減できる。さらに商用変圧器が不要なため、体積を1/3に減らせる」(同氏)。
3つの値を同時に制御
開発した回路構成は図2である1)。3相の上アームと下アームをそれぞれ3段のスイッチング素子モジュールで構成したMMxCに、7.5kHzの高周波変圧器と2個のHブリッジ回路を組み合わせた。「この構成を採用した350kW出力の急速充電器の開発は、当研究グループが初めて」(竹下氏)。
なぜ、ほかの企業や研究機関は取り組んでいなかったのか。その理由は電源回路制御が複雑なことにある。「電源回路は1つだが、3つの値を同時に制御する必要があり、それが難しい」(同氏)。1つ目は、入力電流を力率1の正弦波に制御すること。2つ目は、MMxCの出力を7.5kHzの高周波AC電圧に制御すること。3つ目は、各スイッチングモジュールに接続したコンデンサーの端子電圧をすべて同じ値に制御することである。
今回、1つ目と2つ目については、MMxCの入力電流のフィードバックループと、MMxCの出力電圧のフィードバックループを用意し、それぞれを同時に指令値に合わせ込むようにスイッチング素子のオン/オフを制御することで実現した。3つ目については、18個のコンデンサーの端子電圧を個別に制御するのではなく、すべての端子電圧の平均値が一定になるように制御することで対応した。
実際に、開発した制御方法を図2の回路に適用し、各回路ノードの電圧/電流波形を確認した。なお実験は、制御の妥当性の確認が目的のため、AC200V入力で6kV出力の縮小モデルで行った(タイトル横の写真)。図3は、MMxCの入力電流と高周波出力電圧、AC-DCコンバーター全体の出力電圧の波形である。いずれも指令値通りに制御できており、開発した制御方法の妥当性を確認できた。
今後同氏らは、6.6kV入力のEV用急速充電器の実用化に向けた開発に着手する考えだ。「現在、産業技術総合研究所と共同で10kV耐圧SiCパワーMOSFETの応用研究を進めている。この研究に今回の成果を組み合わせることで実現させたい」(同氏)。
1)武道宏平、竹下隆晴、『レベルシフトPWM制御を適用した高電圧受電絶縁型AC-DCコンバータ』、電気学会論文誌D(産業応用部門誌)、Vol.141、No.7、pp.561-573、2021.