2022年9月30日、韓国の首都ソウル市から高速鉄道KTXで約2時間南下した位置にある光州市で、ある新工場の起工式が催された(図1)。固体高分子型燃料電池(PEFC)の世界的なリーダー企業である、英Intelligent Energy(インテリジェント・エナジー、IE)が、地元のスタートアップに自社製品「IE-DRIVE」の製造権をライセンスし、英国外で初となる生産を開始するのである。PEFCは、トヨタ自動車の燃料電池車(FCV)「MIRAI(ミライ)」に搭載されているのと同じ方式の高出力密度・低作動温度が特徴の燃料電池である。
そのスタートアップとは、2016年に創業されたHogreen Air(ホグリーン・エア)というエンジニアリング企業である。同社の出発点はドローン向けのソフトウエア開発だが、以降はIEの燃料電池を搭載したドローンを開発し、政府機関や軍などに販売。現在は、燃料電池システムの応用先の拡大を目指している。
Hogreen Airが光州市でまず生産を手掛けるのは、1ユニットで出力が100kWのIE製燃料電池スタック「IE-DRIVE HD」(図2)。トラックやバス、定置用電源など主にヘビーデューティー向けの燃料電池である。工場は2023年に完成し、2024年から生産を開始。2030年までに年間5万台、発電量換算で年間5GWの生産量を目標としている。Hogreen Airは生産した燃料電池を利用するシステムを、韓国市場や日本を含むアジア市場で販売する。
起工式には、両社の関係者のほか、駐韓英国大使館や光州市の関係者などが参列し、4者が水素を活用した社会の実現に協力するという覚書を締結した(図3)。
独自の気化式冷却技術
IEは英ラフバラ大学の研究所発の企業で、会社の設立は2001年だが、既に30年以上のPEFCの研究実績がある。燃料電池に関して約1000の特許を保有する。出力が1kW未満~200kWまで幅広い製品群を有するのが特徴で、ドローン、航空機、自動車、トラック、バス、定置用電源、フォークリフト向けなどの製品を展開している。
技術的には、ドローン向けなど高出力を求めない燃料電池システム用の「空冷(Air Cooled、AC)」と、高出力を求めるシステム用の「気化式冷却(Evaporatively Cooled、EC)」の2種類がある。特にECは、同社の独自技術が基盤となっている(図4)。
具体的には、発電時に発生する反応熱の除去のために、個々のセル内に水を入れて気化熱を発生させて冷却する。このため、他社のPEFCで必要な冷却板や高分子膜を加湿する装置が不要になる。「補機」をかなり省略して小型化できるため、出力密度が高く、しかもメンテナンスを含むコストが低くなる。もちろん、光州市で生産するIE-DRIVE HDは、この技術を採用している。
ではなぜ、IEは主力と位置付ける高出力製品の韓国生産を決断したのか。同社CEO(最高経営責任者)のDavid Woolhouse氏はこう説明する。「複数の国が水素社会の実現に注力しているが、中でも韓国がリードしているように見える。もちろん、日本も我々が考える魅力的な5つの市場の1つではある。もう1つ、Hogreen Airはこれまでの約4年の協業の中で、単なる販売活動だけでなく、市場を広げるためのシステム開発を手掛けてくれたことを評価している」(図5)