各種センサーやビッグデータ、AI(人工知能)などの各種技術をスポーツに積極的に活用して付加価値向上や新しい事業モデルを創造する「スポーツテック」が注目を集めている。日本では2020年の東京オリンピック・パラリンピックと絡めて紹介されることが多いが、先進企業は成長領域としてスポーツに注目している。
ゴール隅に放たれたボールにゴールキーパー(GK)が懸命に手を伸ばす。間一髪でボールをかき出したかに見えたが、審判は笛を吹きゴールと認めセンターサークルを指す。抗議のためにGKが審判に詰めよると、突然スタジアムの大型ビジョンにCG(コンピューターグラフィックス)映像が流れ始めた。衆人が見守る中、ボールはゴールラインを完全に超えた。「ゴールラインテクノロジー(GLT)」はゴールと判定した─。
これは、2018年に開催されたサッカーワールドカップ(W杯)ロシア大会のある試合での一幕である。GLTとは高速カメラなどのセンサーを使って、サッカーのゴール/ノーゴールを判定するシステムの名称。このGLTとして「国際サッカー連盟(FIFA)」が初めて認可した製品は、実はソニーの関連会社が開発した。
人々を熱狂させるスポーツの価値
GLTのような技術は最近、「スポーツテック」とくくられることが増えている。スポーツ×テクノロジーの造語で、スポーツにセンサーやビッグデータ、AI(人工知能)などの技術を適用し、さらなる付加価値や新しい事業モデルを構築する。ソニーのほか、パナソニックや富士通などの大手企業がこぞって取り組んでいる。
各社が注目する理由は、スポーツ産業の成長性にある。スポーツのコンテンツとしての価値は、ここ20年間で急激に伸びている。
録画技術の発達や、インターネットを用いる映像配信の普及により、ユーザーは好きな時間に好みのコンテンツを楽しむようになった。そんな中でスポーツは決められた時間に多数の人を“くぎ付け”にできる数少ないコンテンツになりつつある。例えば日本でも、2018年のサッカーW杯決勝トーナメントのベルギー戦で午前3時開始という時間帯にもかかわらず、40%超という驚異的な視聴率を叩き出したことは記憶に新しい。
スポーツテックの活用の意識に差
最も成長が顕著なのが米国のスポーツ産業だ。市場規模は、2005年から2013年の8年間で、2.5倍以上の49.5兆円まで伸びた注1)。一方で日本のスポーツ産業は最近まで成長に取り残されていた。米国の「MLB(メジャーリーグベースボール)」と日本のプロ野球の売上額の差は1999年で約2.7倍から、2017年に約5.7倍となった。英国のプロサッカーリーグである「イングランド・プレミアリーグ」と「日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)」では2000年で約2.4倍だった差が、2017年には約6.2倍に広がっている。スポーツ産業の国内総生産(GDP)に占める割合は、米国はもちろん、英国より低い(図1)。
注1) 人気スポーツの放映権料は高騰を続けており、放映権争いには米Facebookや米Amazon.comなど米国の巨大IT企業も参入するほどだ。
日本と欧米に大きな差が生まれた理由について、富士通でスポーツ・文化イベントビジネス推進本部を担当する阪井洋之氏(同社執行役員常務)は「1つに(欧米のスポーツ団体は)、選手強化やファン獲得にICTなどの技術を積極的に取り入れてきた」と指摘する。欧米との格差拡大は日本がスポーツテックの活用に出遅れたことが要因の1つという訳だ注2)。
注2) 日本の環境も変わりつつある。政府は2016年6月に閣議決定した「日本再興戦略 2016」でスポーツ産業の市場規模を2025年までに15兆円に拡大したいとした。