全5077文字
PR

今や日産自動車(以下、日産)を代表する電動化技術となった「e-POWER」。エンジンを発電のみに使うシリーズハイブリッドのシステムで、搭載したクルマの売れ行きも好調だ。だが、ハイブリッド車で後発となる日産にとって、開発は困難を極めた。当時パワートレーンの開発でリーダーを務めた仲田直樹がe-POWERの開発を振り返る。(本文は敬称略)

 「俺、辞めるわ。これはお前がやってくれ」

 「え?」

 仲田の頭の中は真っ白になった。一体どういうことだ。尊敬する先輩が定年前に日産を辞めて出て行くというのだ。おまけに、先輩が今仕掛けている仕事を引き継げと自分に言ってきた。むちゃぶりにもほどがある。でも、入社した頃から散々お世話になり、背中を追い掛けてきた先輩でもある。返事は1つに決まっている。

 「分かりました」

 そう返す以外、ないじゃないか。

大変なのって、俺?

 仲田は半年ほど前のことを思い出していた。役員が突然、「シリーズハイブリッドシステムを開発せよ」と開発部門に言ってきた。この指示を受けて、先輩が開発リーダーを担当することになっていたはず。その話を聞いた仲田は、「ふーん、やるんだ。先輩も大変だな」と、まるで他人事のように捉えていた。ところが、その大役が突然自分に回ってきたのだ。

 「あれ?大変なのって……。もしかして、俺のことじゃないか?」

 こうして仲田は、後に「e-POWER」と名付けられることになるシリーズハイブリッドシステムのチーフ・パワートレーン・エンジニア(Chief Powertrain Engineer:CPE)に就任。開発リーダーとして誰よりも大きな重責を担うこととなった。

仲田直樹
仲田直樹
CPEとして第1世代のe-POWERの開発リーダーを務めた。(写真:日経クロステック)
[画像のクリックで拡大表示]