原子の発光スペクトルを活用した超高精度なチップレベルのクロック安定化技術を開発している。これは多数の通信端末から供給される様々なセンシングデータに、シームレスに正確な時刻・位置情報タグ付けすることを可能にし、極めて高精度なデジタルツインを実用的なタイムラグで生成できる。また、ミリ波帯やサブTHz帯を活用した通信の利用効率を高め、デジタルツインからの通信端末への円滑なフィードバックを可能にする。
現在、情報通信研究機構(NICT)は、原子時計をベースとしたクロックチップを、スマートフォンの基板に搭載できるレベルにまで小型化する研究開発を進めている(図1)。原子時計は、外部のマイクロ波発振器を原子が共鳴する固有の周波数にチューニングし、その周波数を維持することで高安定な周波数源を得る。原子の共鳴現象は、原子の持つ電子の固有なエネルギー準位に準拠するもので、本質的な物理量であることから、極めて正確な周波数源を得られる。
原子時計では、主にルビジウム(Rb)やセシウム(Cs)などのアルカリ金属元素が利用される。これらの元素は、融点が低いため、常温で原子状態(気化状態)を保持しやすく、また、マイクロ波帯に共鳴線を有することから、電子回路への組み込みも容易である。このマイクロ波帯にあるアルカリ金属元素の共鳴線は時計遷移と呼ばれ、特にCsの時計遷移は、1960年代より、SI単位系の秒の定義として正式に採用されている。
現在、電子機器で広く利用されているクロックチップは水晶発振器である。水晶は圧電性を有し、機械的な共振に伴い、その電気的特性も大きく変化する。この急峻な電気特性の変化を発振に利用したのが水晶発振器である。水晶の共振周波数はその寸法で決まる。精密研磨で製造される水晶は、発振周波数を高精度に設計することができる。
ただし、水晶発振器は外部振動や温湿度、表面吸着物などの外乱によって振動周波数がランダムに変動するため、システム内部の標準クロックとして有効活用されるが、外部と同期動作させるのは難しい。一方で、原子時計は、発振周波数の初期値からの経時変化(ドリフト)を大幅に抑制でき、またドリフトしたとしても一定のなだらかなドリフトレートが維持される(図2)。ドリフトがない、もしくはドリフトを起こしても線形補完で容易に補正できるクロックは、外部の複数のシステムと時間を共有して効率的な連携を図るのに極めて有効である。
本稿では、高安定クロックチップ実現の技術詳細に先立ち、当該チップが、スマホなどに代表される通信端末に搭載された場合に提供される、新たな通信システムについて検討する。通信システムは多くの場合、複雑であり、また、技術セクションも多岐にわたる。そこで以下では、(1)多数の通信端末からの効率的な情報収集と、(2)通信端末への効率的な情報提供の2つのベクトルに分けて検討を試みる。
(1)の多数の端末から情報収集を行う場合、インフラ間での同期動作・連係動作が重要となり、そのための時刻配布が必要となる。一方、(2)の端末がインフラから効率的に情報提供を受け、それを活用するには、高速大容量通信のさらなる拡充も必要とされる。高安定のクロックチップはここで求められる広帯域化に有効である。