日本が目指す未来社会像「Society 5.0」。サイバー空間と現実空間を高度に融合させたシステムによって経済発展と社会課題の解決を両立する人間中心の社会とされるが、実現の鍵を握るのがシステム全体の構造の見取り図である「アーキテクチャー」だ。自らは日立製作所で鉄道の運行管理システムのアーキテクチャー設計に携わった経験を持ち、Society 5.0の実現に向けてアーキテクチャーの重要性を訴える、日本経済団体連合会(経団連)会長の中西宏明氏に聞いた(聞き手:加藤雅浩=日経クロステック先端技術編集長、内田 泰)
2020年1月16日に経済産業省が主催した産業アーキテクチャーに関するセミナーの講演で、中西会長は「Society 5.0時代に求められるアーキテクチャーの考え方」と題した講演をしました。なぜ、今のタイミングでそれが重要だというメッセージを出されたのですか。
中西氏:別に経団連の会長になったからメッセージを出したわけではなく、それ以前からずっと考えていたことです。私はアーキテクチャーのようなものが世界的に展開されるようになるから、国の基本政策としてもぜひ取り組むべきと発言していました。そうしたら、経団連の会長がやるべきことだという話になったんです(笑)。確かに政府だけではできないし、科学技術の話にとどまらないということで経団連としてメッセージを出すことになりました。
その背景には、日本の産業の行く末に対する危機感があるのでしょうか。「Society 5.0の時代にはこれまでの製品・業種別産業の垣根が消滅する。新しい時代に向けていったん産業区分が壊れるくらいでないとうまく行かない」と指摘されていました。
中西氏:日本ではいまだに、高度成長期の成功モデルが根強く残っていると思います。確かに、振り返ってみると世界的にも驚異的な成功ではありました。家電からエレクトロニクス、コンピューターまで、世界の生産量の7割近くも日本が担っていたのですから。

しかし、企業でもよくあることですが、成功事例があるとその発展形でモノを考えてしまう傾向があります。私は、ここからどれだけ脱却できるかが日本の将来にとって重要だと考えています。高度成長期の製造業は、いいモノを作れば売れました。しかし、今となっては“誰でも”いいモノを作れるから、すぐに価格競争が起きてしまう。昔のようにいいモノを作って世界中で儲けようと思ったら、コモディティーとマネーゲームの世界で勝負しないといけない。今の日本企業がそれをやれるかといったら、難しいという現実を味わいました。要は市場原理が変わったんです。
でも私は経営者だったので、将来に対して危機感を抱くというよりポジティブに考えています。実現価値を真正面から提案することが、日本企業の一番の得意技だからです。