全2274文字
PR

木材を原料とした植物繊維「セルロースナノファイバー(CNF)」の利用が広まっている。自動車用部材に向けた開発が活発で、2019年12月には住友ゴム工業がタイヤに配合して製品化につなげた。このタイヤ向けCNFの実用化の基礎を支えたのが、東京大学の磯貝氏の研究だ。同氏にCNFの針路を聞いた。(聞き手=野々村 洸)

磯貝 明(いそがい・あきら)
磯貝 明(いそがい・あきら)
1980年、東京大学農学部卒業。1985年に同大学院で農学博士号を取得。主に植物繊維の主成分であるセルロースの研究を進め、TEMPO酸化セルロースナノファイバーを開発した。この技術開発により、森林科学などで業績を残した研究者に与えられるスウェーデンのマルクス・ヴァレンベリ賞を2015年に受賞。2020年4月から現職。(写真:柴仁人)

 セルロースナノファイバー(CNF)が新材料として産業界の注目を集めています。セルロースは木材などの植物に含まれる物質で、それを直径数~数十nmのナノ繊維として取り出したのがCNFです。

 CNFを利用すると軽量で高強度なCNF強化樹脂などを造れます。自動車部品から家電、電子部品まで幅広い用途での実用開発が進んでいます。その象徴が、環境省が中心となって開発を進め、2019年10月に「東京モーターショー2019」で披露したコンセプト車「NCVコンセプトカー」でしょう

このコンセプト車では、主に京都大学が中心に開発する「京都プロセス」を利用して自動車部品などを製造している。同プロセスは、耐熱性と樹脂との相溶性に優れたCNF強化樹脂を低コストで造れる特徴を備える。

 厳しい信頼性が求められる自動車の構造部材での量産利用にはもう少し時間がかかると思います。しかし、CNFの製品化は自動車分野でも着実に進んでいます。その一例が、住友ゴム工業の低燃費タイヤ「エナセーブ NEXT III」です()。タイヤの質量に対して数%未満のCNFをサイドウオール(側壁)に配合し、繊維配向を制御して強さと乗り心地を両立させたと同社が発表しています。

図 CNFを使った低燃費タイヤ「エナセーブ NEXT III」
図 CNFを使った低燃費タイヤ「エナセーブ NEXT III」
タイヤの質量に対して数%未満のCNFをサイドウオール(側壁)に配合した。均一に混合し、量産化につなげている。磯貝氏の開発したTEMPO酸化CNFの製造方法が製品化の基礎を支えている。(住友ゴム工業の写真を基に日経クロステックが作成)
[画像のクリックで拡大表示]

 CNFは製造方法でいくつかの種類に分かれます。住友ゴム工業が採用したのは「TEMPO酸化CNF」です。TEMPO酸化CNFは直径3nm程度と、他のCNFと比較して非常に細いことが特徴です。

 パルプ(木材)を有機化合物であるTEMPO(2,2,6,6-テトラメチルピペリジン 1-オキシル)で化学処理して製造します。TEMPOによってセルロースの一部分がカルボキシル基に置き換わると、負電荷の反発力が植物中のナノファイバー間に作用します。そうなればミキサーでかき混ぜる程度の小さな力でCNFを製造できるのです。

 同じnmレベルの繊維でも、細い繊維を使うほどより少ない添加量で高い強度が得られます。すると、コストを抑えながら性能向上を実現できる可能性があります。この細さこそが強みなのです。

 私はTEMPO酸化CNFの基礎研究を続けている研究者です。そして、その製造手法の開発が、森林科学分野のノーベル賞と称されるマルクス・ヴァレンベリ賞の2015年の受賞につながりました。