2019年、いよいよ5Gスマートフォンが市場に登場する。ユーザーは数Gビット/秒の高速データサービスを手軽に享受できるようになる。しかし5G時代にスマホは、リッチコンテンツを提供するだけの機器ではなくなる。人や機械に溶け込み協調しながら働く、姿の見えない“スマホ”にも化ける。5Gがモバイル機器の歴史に記すのは「卒スマホ・第1章」だ。
2019年2月にスペイン・バルセロナで開催されたモバイル関連で最大のイベント「MWC2019 Barcelona」(関連記事) 。人気を集めた展示の1つがカタールの通信事業者Ooredooのブースだ。そこには数十人の行列ができていた。2人乗り小型ヘリの“試乗”を待つためだ。同社は、自身が提供する高速・低遅延の5G(第5世代移動通信システム)網を使い、地上にある操縦室から遠隔操作でヘリを飛ばす「空飛ぶタクシー」サービスを数年内に提供する。ブースでは、このサービスをVR(仮想現実)により乗客の立場で疑似体験できるようにしていた。実用化時には、パイロットの代わりに乗客を乗せられ、料金も抑えられる。5Gが、空のモビリティーサービスをぐっと身近にすると期待する。
ドイツBMWのブースにあるコンセプトEV(電気自動車)「Vision iNEXT」は、乗員の視線やジェスチャー、言葉を理解し、例えば乗員が運転中に注意を向けた施設やレストランに関する情報をインターネットのクラウドサーバーから引き出して伝える。こうした自然なコミュニケーションによる新規サービスの実現には、サーバーからの情報を即座に届けることが欠かせない。低遅延で途切れにくい(高信頼の)5Gが必要という。
MWCでは、AR(拡張現実)/VRヘッドセットも数多く展示されていた注1)。これは、やはりユーザーの頭の動きに合わせて、表示する映像や情報を更新する。エンタテインメントや業務など幅広い分野で新サービスの創出が期待できる注2)(関連記事)。
注1)例えば米Microsoftは、新型のMR(複合現実)用ヘッドマウントディスプレー「HoloLens 2」を2019年内に発売すると発表した 。
注2)工場でのロボットや工作機械、建築現場での建機、農場での農機の制御でも5Gは威力を発揮する。4Gまでと異なる点には、基地局をユーザー自ら設置して、AI(人工知能)サーバーなども組み込み、公衆網に依存しないサービスを構築できることもある。
スマホ主役の時代、終わりの始まり
5Gは、人や機械の動きと連係した「リアル」なサービスを含む多様な分野で新産業を生み出せる。これに対し1Gは音声サービス、2Gはメッセージ、3Gは写真、4Gは動画を新たに届けやすくした。ただしいずれも既存のコンテンツサービスのパイプを有線から無線に置き換えたにすぎない。米Appleのスマートフォン「iPhone」は、端末の主な役割を電話機からコンピューターに変えた革命と言えるが、主なサービスはインターネットの中、すなわちサイバー世界にある。
4Gまでと比べると、5Gの新たな可能性が、スマホに搭載されている電話機やコンピューターにはないことが分かる。人や機器と連係するサービス端末として溶け込み、本来の力を発揮する。5Gの到来は、スマホが主役の座を明け渡す時代の始まりといえる。
それでもスマホはハード基盤の中核に
しかし、この「卒スマホ」時代を引き起こす5Gの基盤となり得るハードウエアは、当面はスマホに集約される可能性が高い。
実は5Gは「主にソフトウエア処理で実現できるように規格化の段階から設計されていた」(大阪大学大学院工学研究科 電気電子情報工学専攻 教授の三瓶政一氏)。ソフトウエア処理を担うのは汎用プロセッサーであり、機器メーカー間に大差は付かない。
ただ、アンテナやその周辺のRF(無線周波)回路など、ソフトウエアで対処できない部分は残る。これらは5G専用品となる。5G関連機器で可能な限り仕様を共通化し、量産すればコスト競争力を発揮できる。量産効果を発揮できる機器が、年間市場規模10数億台のスマホというわけだ。
こうした発想で5Gに向き合っているようにみえるのが、国内で2019年10月に携帯電話サービスを新たに展開する楽天モバイルネットワークである(図1)。2020年に提供予定の5Gサービスでは、EC(電子商取引)に使っている米Intel製の汎用サーバーをソフトウエア処理に活用し、ハードウエアにはスマホ技術を転用する考えである。他の事業者と比べて設備投資額を大幅に削減ができるとする理由がここにある。「基地局向けハードウエアをいくつか比べても(価格の相場は)変わらない。全く違うハードウエアを検討しないと設備投資額は抑えられない」(同社代表取締役社長の山田善久氏)。