本連載では、無線を扱う前に技術者が知っておくべき基本について解説する。(1)電波、(2)アンテナと伝送路、(3)インピーダンスの本質について、最新の電磁気学を踏まえて、3回の連載で分かりやすく説明する。アンテナ設計者はもちろん、無線を扱う全ての技術者が理解しておきたい内容である。 (本誌)
無線を扱う技術者が理解しておきたい無線や高周波の基本について、3回にわたって解説する。第1回は、電波について、いろいろな解析方法で考えてみる。第2回はアンテナと伝送路、第3回はインピーダンスを取り上げる予定である。
なお、電磁気学の基本については、2015年5月号のFundamentals「今さら人に聞けない、電磁気学を直感的に理解」で解説している。電磁気学では、数学と物理現象を頭の中で結びつけられると、数式を簡単に理解できる。上述の記事では、一般的な教科書とは全く異なるアプローチで分かりやすく説明しているので、ぜひ参照していただきたい本誌注)。
電波を見つめる前提が変わってきた
近年のアンテナ設計は状況が変わってきたようだ。無線通信はこれまで、遠くと通信することが目的であった。ところが、近年は、有線で簡単につなげるような近い距離にある電子機器間にも、無線通信を導入するようになってきた。例えば、ウエアラブル機器、13.56MHzのRFID、人体通信などである。
超近距離無線では、送信アンテナと受信アンテナが近いので、アンテナ同士が空間で干渉する。また、アンテナの近くにある金属、人体、大地などの影響も配慮しなければならない。アンテナの設計は、遠くと通信する場合(遠方界)と、近距離の通信を行う場合(近傍界)で、いろいろな手法によって設計しなければならなくなった。
電波はどう放射される?
マクスウェル(Maxwell)の方程式から、磁界と電界が一体の電磁波となって空間を伝わっていく図が広く用いられてきた(図1)。しかし、近年は、「この表現方法は定存波の考え方で、必ずしもこのように波は進まない」「電界や磁界が一面にしか存在しない図となっているが、実際は全空間に電界や磁界が存在する」などの理由から、同図の表現方法に否定的な電磁気学の研究者も多い。では、どのように図を描けば良いかというと、これといった図がなかなか思いつかない。
アンテナの技術者は、Maxwellの方程式をベースに、アンテナの設計をこの図を頭の中に描きながら設計してきた。それは、今までは電波を遠方に飛ばすことを考えた遠方界の解析をしてきたからだ。しかし、近距離無線用のアンテナを設計するに当たり、その考え方にいろいろな条件を考慮しなければならなくなってきた。電磁気学に加え、電子回路の考え方も取り入れなければならない。
近距離無線通信用アンテナは、磁界通信型と電界通信型に大別できる。磁界通信型アンテナを用いる近距離無線として、13.56MHzのRFIDがある(図2)。リーダー・ライターとタグ間の通信では、コイル状のループアンテナが用いられている。両者のループアンテナは、距離が近くなると、相互に結合する。ここで、図2に示すような相互インダクタンス(M)を考えて設計する。アンテナの効率を高めるために、両者のループアンテナには、アンテナ給電点に並列にコンデンサーを入れて13.56MHzに共振させたいが、両アンテナ間の距離が変わるとループアンテナのインダクタンスは変化してしまう。従って、アンテナの共振周波数もアンテナ間の距離が変わると変動する。
現実の機器では、これらの問題をアンテナ単体で解決することが難しいため、電子回路(ICチップ)の中にある周波数補正回路や可変アッテネーター回路とアンテナを併せて対策をしている。しかし、ICチップの内部回路が開示されていないことが多いので、実際の設計は、ICメーカーの技術資料に記載された設計式に従ってアンテナの設計をしている。
もう1つの電界通信型アンテナを用いる近距離無線として人体通信を例に、電極の設計について説明する。人体通信では、通信する周波数の波長に比べて極めて寸法が小さい「電極」と呼ばれる板金をアンテナの代わりに用いる。この電極により、人体通信機器は人体や大地と静電結合するときのコンデンサーを形成する。ここで、スマートフォンとウエアラブル端末間の人体通信を考える(図3)。人体通信の電極は、スマートフォンとウエアラブル端末のそれぞれに2枚ずつ(通信電極とグラウンド電極)取り付ける。通信電極は人体に対向(スマートフォンのC1とウエアラブル端末のC3)させ、グラウンド電極は大地に対向(スマートフォンのC2とウエアラブル端末のC4)させ、それぞれを静電結合させる。
電子部品としてのコンデンサーは、2枚の金属板を電極として対向させて構成しているが、人体通信ではスマートフォンとウエアラブル端末に2枚のうち、機器側の1枚の金属板による電極を取り付ける。対向する人体と大地には金属板は取り付けず、人体と大地そのものを電極の代わりとしている。
ウエアラブル端末からスマートフォンへの人体通信としての電流(図3のi)の流れは、図3に示す閉回路に流れる電流として考える。「ウエアラブル端末 → C3 → 人体 → C1 → スマートフォン → C2 → 大地 → C4 → ウエアラブル端末」と1周する閉回路を流れる。
電極は、通信の損失が最小になるように設計する。その損失の一因は、スマートフォンに流れ込む電流の一部が人体(図3のA点)からスマートフォンを介さずに大地(図3のB点)にリークする電流パスの存在にある。このリーク電流を流さないようにするには、A点とB点の電位を等しくすれば良い。図3の右側に示す等価回路で、「C1:C3=C2:C4」となれば、A点とB点の電位が等しくなる。
人体通信の電極設計では、4つのコンデンサー(C1~C4)のどれか1つの電極の大きさ(板金の面積)を最初に決める。例えば C1の大きさを決めた場合、C1を構成する電極の面積と人体間の距離が分かれば、C1の静電容量は計算により求められる。次に、電極と人体、電極と大地との距離を、人体通信を用いる環境から想定し、残り3個のコンデンサーの静電容量が「C1:C3=C2:C4」を満たすように、各電極の面積を決めれば良い。
多くの近距離無線用のアンテナ設計において、遠方界のアンテナ設計手法だけで行われているのが現実ではないだろうか。ここで、近傍界のアンテナの設計手法も考慮すれば、今よりも伝搬ロスの少ない回線を実現でき、その結果、送信電力を少なくできる。通信で消費する電力を低減できれば、端末の消費電力が少なくなり、電池寿命が伸びる。