東京に住み、ニューヨークで働き、ロンドンで学ぶ─。自分の分身、つまり「アバター」となるロボットを使えば、こういった生活を好きな場所に住みながら送れるようになる。人がロボットを通して得た体験と、実際にその場に行った生身の体験が等価になる近未来には、仕事や教育、趣味など日常生活の多くで“距離"は消える。
航空輸送事業を手掛けるANAホールディングス(ANAHD)で、アバター準備室 デイレクターを務める梶谷ケビン氏の栃木県の自宅には、同社が開発したアバターロボット「newme」が置いてある。同氏は海外出張などをする際に、newmeを使って出張先から小さい子供の面倒を見る(図1)。
ディスプレーを搭載し、遠隔から移動を操作できるこのアバターに“憑依(ひょうい)"して、子供とかくれんぼや「ヨーイ、ドン」でかけっこをしたりするという。
「子供が1歳半のときに使い始めた。子どもはこのロボットにすぐに慣れ、私がそこにいる感覚を持っている。海外との距離を感じていないようだ」(梶谷氏)。同氏の両親は米国シアトルに在住だが、アバターに入り込んで孫の面倒を見ているそうだ。梶谷氏自身も「アバターに入り込むときは、海外にいることを忘れている。意識的には日本にいる」と話す。一見、ディスプレーに“台"が付いたような形をしたロボットだが、視覚を伴うコミュニケーションに「自由な移動能力」を加えることで、新たな体験を提供する。
自然に近いコミュニケーションが可能
昨今、新型コロナウイルスが引き起こしたパンデミック(感染症の世界的大流行)の影響で、日本の企業でもテレカンファレンス(ビデオ会議)の利用が日常化している。米国で「Fortune 500」に選ばれるような大企業などに、こうした機能を持つアバターロボットを供給しているのが、掃除ロボット「ルンバ」を手掛ける米iRobotからスピンオフした米Ava Roboticsである。
同社が開発した「Ava Telepresence」は21.5型の大型ディスプレーや自律移動の機能を持つ(図2)。Founder&CEOのYoussef Saleh氏は、通常のテレカンとの体験の違いをこう説明する。「テレカンはあらかじめスケジュールを決め、着席した状態でディスプレーに向かって話すことが多い。これに対してAva Telepresenceを使えば、自分が遠隔地にいても話したい相手の所にすぐに移動して、話したいときにコミュニケーションが取れる。クリエイティブなものごとは、こうした『Human Dynamics(人間らしい自然な動き)』から生まれる。予定された形式的な会議では生まれない」。