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アメと“阻害要因の撤廃”が奏功

 こうした地殻変動の理由は大きく2つ。アメとムチならぬアメと“阻害要因の撤廃”だ。

 アメはすなわちFITだ。FITは当初、太陽光発電の買い取り価格が小規模システムで42円/kWh、大規模システムで40円/kWhと高く、多くの発電事業者が太陽光発電に飛びついた(図2)。ところが、その後買い取り価格が大きく下げられ、現在は12~13円/kWhまたは入札制になっている。

図2 再エネは固定価格から入札制へ
図2 再エネは固定価格から入札制へ
再エネのFIT制度の買い取り料金の推移。太陽光発電が当初の40円/kWhから12円/kWhと急速に下がった一方、風力発電は22円/kWhから陸上風力で18円/kWh、洋上風力では2019年度まで36円/kWと高値での買い取りが維持された。ただし、2020年度以降は入札制またはFeed-in Premium(FIP)という新制度への移行期になっている。(図:資源エネルギー庁のデータを基に日経エレクトロニクスが作成)
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 一方、風力発電向けのFITの買い取り価格は当初から22円/kWhと低く抑えられた代わりに、低下分も小さく、2010年代後半は相対的に風力発電事業の魅力が高まった。2015~2019年に環境アセスメントを始めた陸上風力発電案件の累計だけで約14GWに上る。

 2014年からは買い取り価格が36円/kWhの洋上風力発電のカテゴリーが設けられた。2014年に日本風力発電協会(JWPA)の正会員数が倍増したが、理由はこれかもしれない(図3)。

図3 日本風力発電協会の会員も増加
図3 日本風力発電協会の会員も増加
日本風力発電協会(JWPA)の会員数の推移を示した。FITが始まった2012年7月の1年半後に正会員が約2倍に急増。そこから右肩上がりで増えている。(図:JWPA)
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 ただし、これは話の半分でしかない。2019年以降、洋上風力発電事業の案件が急増したが、これには“阻害要因撤廃”の効果が大きいのである。

 “阻害要因撤廃”とは、これまで洋上風力発電事業への参入に大きな障壁となっていた課題に、新しい法律が制定され、解決の方向性が見えてきたことを指す(図4)。

図4 2つの法律が洋上風力発電大国への扉を開けた
図4 2つの法律が洋上風力発電大国への扉を開けた
洋上風力発電関連の2法案の施行前と施行後の、洋上風力発電の事業性の変化を示した。施行前は事業性が非常に低かったが、特に再エネ海域利用法の施行後は、事業を計画する企業が急増している。
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 この新法は2つあり、1つは2016年に改正された港湾法(以下、改正港湾法)である。特定の港湾の防波堤沿いなど、陸に非常に近い場所での風力発電を条件付きで認めた。

 もう1つは、2019年4月に施行された「海洋再生可能エネルギー発電設備の整備に係る海域の利用の促進に関する法律(再エネ海域利用法)」だ。主に水深50~60mまで、または海岸線からの距離が数kmまでの「促進区域」と呼ばれる区域で、洋上風力発電を条件付きで認めた法律である。

 再エネ海域利用法では、漁業や海運業、さらには後発の洋上発電事業者などの利害関係者との話し合いの場である「協議会」を設けることがルール化された。そこで事業者として認められれば最大30年間、事業の継続が保証される。これが日本における洋上風力発電事業の扉を開くカギとなった注1)

注1)ただし、風力発電事業の関係者はより大きな阻害要因が実はあったという。それは、大手電力会社の風力発電に対する姿勢だ。2018年夏までは、日本の電力会社の多くは再エネ、特に風力発電に否定的で、送電線容量などの解決にも後ろ向きだった。再エネ海域利用法も2018年前半に一度廃案になっている。ところが、「2018年半ばから、東京電力など電力会社自身が風力発電事業に急に興味を示すようになった」(ある風力発電関係者)。それが、再エネ海域利用法の2018年11月の可決成立にもつながったという。

 この新法前の洋上風力は、利害関係者との話し合いの場もルールもなく、しかも長期間安定して稼働できる制度上の保証がなかった。後者は銀行の融資が受けられないという致命的な障壁につながる。これではいくらアメが甘くても事業を始められなかったのである。