この10年のうちに、かつての「白物家電メーカー」は消滅する。未来の姿は、ユーザーの生活の困りごとを解決したり、生活そのものを豊かにすることを助けたりする“よろず屋”だ。日本の家電メーカーの生き残りを賭けた大転換の鍵となるのが、IoTやAIの活用と、サブスクリプションなど新しいビジネスモデルの導入である。
「これまで家電が果たしてきた機能は残るが、その姿は消えていく可能性がある。白米を口にしたい場合、炊飯器で炊く以外に配達を頼むという選択肢が既に存在する。我々はユーザーのライフスタイルや望みに合わせて、提供していく機能の“概念”を考えていかなくてはならない」。「無印良品(MUJI)」ブランドを展開する良品計画のデザインを数多く手掛け、日本を代表するプロダクトデザイナーの1人である、Naoto Fukasawa Design代表の深澤直人氏は、白物を含む「生活家電」の未来をこう予測する(「デザイン編」参照)。
家電というハードウエア自体がなくなるわけではないが、従来のように多くの機能を詰め込んで、性能をアピールする「技術志向型」のビジネスには限界が訪れている(図1)。「これまでの生活家電はユーザーに良かれと思い、数多くの機能を搭載してきた。しかし、現実にはパワーユーザーでもせいぜい5個か6個ぐらいしか使っていない」(パナソニック アプライアンス社副社長の堂埜茂氏)(インタビュー参照)。実はメーカー自身も製品やビジネスの在り方にユーザーニーズとの乖離(かいり)を感じており、大変革に踏み出そうとしている。例えば韓国サムスン電子は米国最大のテクノロジー関連の展示会「CES 2021」で、家事支援ロボットの開発を発表するとともに、家電のパーソナライズ化の重要性を訴えた。
目指すのは「課題解決・体験型」の生活家電だ。ユーザーの最も近くに置かれる家電は、社会や生活形態の変化に適合していかなくてはならない。しかし、これまでのような技術志向型製品の売り切りビジネスはもはや通用しなくなっている。
モノがあふれている今の時代、ユーザーは家電に対して生活における課題の解決や楽しい体験の提供を求めている。これからの時代に生き残っていく生活家電メーカーは、生活に関する“よろず屋”として、ユーザーが欲するサービスの提供者になる必要がある。ハードの売り切りというビジネスだけではなく、サブスクリプション(サブスク、定額課金制)やシェアリングなど多様なビジネス形態にも対応しなければならない。
この大変革の鍵を握るのが、IoT(モノのインターネット)とAI(人工知能)だ。IoTで家電をインターネットに接続して、ユーザーの使用状況や周囲の状況などのデータを吸い上げてAIで解析し、個々のユーザーが欲する機能を提供する。従来のように新製品を買ったら後は陳腐化していくのではなく、ネット経由でアップデートし、常に最新の状態を保つ。これは製品の設計や開発の在り方が大きく変わることを意味する。
よろず屋が提供するのは、ハードに実装する機能だけではない。例えば、「食」という体験ならばEC(電子商取引)で食材を届けたり、「洗う」なら洗剤を届けたりするなど、体験を中心にビジネスを再設計する必要がある。このために重要なのが、異業種を含めた外部との連携だ。「これまでは、すべてを自前で開発しようとしてきたが、その時代は終わった」とシャープ専務執行役員 スマートライフグループ長の沖津雅浩氏は話す(インタビュー参照)。
例えば、気象情報を手掛けるウェザーニューズは、その活用先として、IoTで家電が連携するスマートホームに関心を寄せている(図2)。同社が開発しているのは気温や湿度などのデータから洗濯物の乾きやすさを示す指標「洗濯指数」だ。洗濯機などでユーザーが参照できれば、洗濯という体験の質が向上する。さらに「人々の生活は、気象によって大きな影響を受ける。健康状態もその1つだ。ユーザーの近くで、どのような気象状態が快適か、不快かなどをタグ付けできれば快適な生活につながる」(同社常務取締役執行役員の石橋知博氏)。