英家電大手のダイソン(Dyson)は2020年11月、新たな技術開発のために27億5000万ポンド(約3880億円)の投資計画を発表した。この巨額投資の狙いは何か、IoTやAI時代に何を目指していくのか。同社に約20年在籍し、現在は掃除機などフロアーケア部門のバイスプレジデントを務めるJohn Churchil氏に聞いた。
まず、2020年11月に発表した、技術開発に対する巨額投資計画の狙いについて教えていただけますか。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大で世界経済・情勢が厳しい状況にあるなか、創業者のジェームズ・ダイソンによる大英断だったと思います。この投資計画は技術開発を着実に進めていくという意思をしっかりと示してくれており、我々エンジニアにとって大きな励みになっています。
投資の対象は多岐にわたりますが、その中の1つが全固体電池のセル技術です。既に数年前から様々な企業や研究者と共同開発を進めてきました。全固体電池は既存のリチウムイオン電池などと比較して、安全性やエネルギー密度が高く、寿命も長いという特長があります。
電池技術は我々の製品にとって不可欠なものです。一方でこれまでは、製品開発のボトルネックにもなっており、セルを大型化したり、シリコンのナノ粒子を採用したりするなど化学的アプローチを試してきました。もし全固体電池という今までにない新しい電池の実用化を進めることができれば、当社の製品も大きな恩恵を受けることでしょう。
具体的には、より高い吸引力を持ち、長時間使える次世代のコードレス掃除機の姿が見えてきます。それは、まさに掃除機自体の在り方を1から再発明することにつながります。
こうした要素技術を自社開発するメリットは非常に大きいです。当社はこれまでもモーター技術の開発に投資を続けてきました。具体的な用途に特化して技術を突き詰めることで、製品に関わる部品が最適化されていきます。ここが競合企業と比べたときの優位性になるのです。
なぜ家電メーカーであるダイソンが部品の「最適化」にまでこだわるのでしょうか。
一例としてスマートフォンとマイクロチップの技術的な関係を挙げてみましょう。両者の関係はスマホの性能を高めるだけではなく、独自に最適化を図ってきたことで、小型化や静音化、冷却効率の向上などのメリットを享受できるようになってきたのではないでしょうか。
他人が開発した技術をエンジニアが異なる用途向けに組み替えて応用するのはいくらでもできますが、それだけではこうしたメリットは得られません。特定の用途を念頭に置いて、そのために技術を開発する。つまり、技術開発には、“Context(文脈)”が必要なのです。