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食のシーンにデジタル技術やサイエンスを融合してイノベーションを創出する「フードテック」が、多くの業種を巻き込んだ産業大移動を起こしている。そこには、日本の家電メーカー再浮上へのヒントが詰まっている。ビジネスコンサルティング会社であり、フードテックなど新領域での事業創生にも取り組むシグマクシスに最新動向を解説してもらった。

 筆者(田中宏隆)は大手家電メーカー、そしてコンサルティング企業での勤務を通じ、家電業界に20年以上かかわり、日本企業の凋落の様を間近で見てきた。そうした中でも2000年代初頭には、家電メーカーの一部メンバーや周辺業界の専門家が日本の再浮上の可能性を模索した。筆者もそのうちの1人だった。当時、国内には総合電機メーカーが9社あり、個々に強みのある事業を有していた。世界でもまだまだ戦える可能性が残されていた。

 その代表格が白物家電だ。各社が売上高5000億円前後でしのぎを削り、最大の松下電器産業(現パナソニック)は1兆円程度の事業規模を持っていた。当時は世界トップクラスの企業の売上高が2兆~3兆円程度。国内で競合する家電メーカーを2社程度に集約すれば、対峙できた数字だ。実際、10年ごろには、水面下で「白物家電連合」の設立を画策する動きもあったが、生活者向けのブランドを維持したい各社は白物家電事業を手放すことはなく、結局のところ、業界構造は一切変わることがなかった。

効率化からライフスタイルの象徴へ

 読者の皆さんは、白物を含む「生活家電」と聞いて何を思い浮かべるだろうか。掃除ロボットなど、「家事の徹底的効率化=全自動化」を目的とする製品だろうか。実は、生活家電にはもう1つ別の目的がある。「生活をより充実させる、自分の生き様を体現する」ことである。昨今、イノベーションが起きているのはこの分野で、ここにこそ日本企業の強みがあると筆者は見ている。

 20年にスタートアップのギフモが発売した「デリソフター」という圧力鍋型調理家電は、食べ物をうまく飲み込めない嚥下(えんげ)障害を持つ人を対象にした製品だ。通常の料理を見た目そのままに柔らかくすることができる。嚥下障害を抱える人々は、家族と同じ食事がとれず寂しい思いをしていることが少なくない。デリソフターは、こうした悩みを解消する生活家電だ。パナソニックの社員が開発を始め、同社からスピンアウトしてギフモとして事業化している(図1)。

図1 嚥下障害を持つ人たちに向けた調理家電
図1 嚥下障害を持つ人たちに向けた調理家電
肉や野菜など見た目を変化させずに柔らかくする圧力鍋型調理家電。嚥下障害や摂食障害のある人たちも、家族などと見た目が同じものを簡単に食べられる。パナソニック アプライアンス社の新規事業創出プラットフォーム「Game Changer Catapult」から生まれた初のプロダクト。(図:ギフモ)
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 一方、中国のHaier(ハイアール)に買収された米GE Appliances(GEアプライアンス)も、新たな家電の進化の方向性を模索している(図2)。同社が「CES 2019」で発表したのは、米国のスタートアップHestan Smart Cookingが開発した「Hestan Cue」を内蔵したIHコンロだ。温度センサーにより加熱を自動的にコントロールできるこのフライパンは、同じくHestanが提供するアプリにあるレシピと連動してIHコンロを制御する。料理が苦手でも食材を焦がすなどの失敗がなく、子どもでも安全に料理に挑戦できる。

(a)Hestan Smart Cookingが開発したセンサーを内蔵したIHコンロ
(a)Hestan Smart Cookingが開発したセンサーを内蔵したIHコンロ
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(b)コンポストや植物工場などを統合した循環型経済を体現するキッチン
(b)コンポストや植物工場などを統合した循環型経済を体現するキッチン
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図2 GE Appliancesのスマートキッチンへの取組み
GE Appliancesはスマートキッチンに関して、スタートアップとの協業やサステナビリティーの取組みを加速させている。(写真:GE Appliances)

 そしてGE AppliancesはCES 2020で、サステナビリティーを全面に押し出したキッチンを提案。コンポストや野菜の栽培スペースを設置するなど、サーキュラーエコノミー(循環型経済)を体現する世界観を示した。単なる技術やプロダクトの進化ではなく、他社との協業により技術やアイデアを掛け合わせ、次世代の家電がどうあるべきかを世に問いかける同社の姿勢は、日本企業が見習うべき点ではないだろうか。