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2020年8月、あの「プレステの父」が産業用ロボット向けのAI開発などを手掛けるスタートアップ、アセントロボティクスのCEO に就任した。ソニーグループでプレイステーションの開発を指揮し、ゲーム部門のCEO、ソニーの副社長などを歴任した久夛良木健氏である。同氏はなぜ今、AI のスタートアップを率いることになったのか。

久夛良木 健氏
久夛良木 健氏
アセントロボティクス 代表取締役兼最高経営責任者(CEO)(写真:加藤 康)

2018年から社外取締役を務めていたアセントロボティクスのCEOに、なぜ、就任されたのでしょうか。

 20年に入って、新型コロナウイルスの感染拡大が深刻な状況になってきたとき、これは間違いなく物流現場が逼迫し、恐らく世界同時並行的にクライシスに陥るはずだから、ここに最先端のテクノロジーを導入して一気に活性化したら面白くなると考え、まずは社外取締役としてアドバイスを始めました。ほどなくしてコロナ禍で我々の生活形態がまさに一変し、巣ごもり需要などによってEC(電子商取引)の利用が急増。その流通量のみならず、莫大な種類の商品を取り扱う事で、流通プロセス全体が喫緊の課題解決領域に急変したのです。

 07年にソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE、現ソニー・インタラクティブエンタテインメント)の代表取締役会長を退任して以降、自ら起業したAIスタートアップに加え、数々の会社の社外取締役やアドバイザーなどを兼任してきました。そうした中で、この未曽有の事態によって引き起こされた状況に向き合い、最先端のテクノロジーを融合することで新市場を一気に活性化してみたくなりました。それはプレイステーションを始めた時の、新たなエンターテインメント市場を牽引してみたいという思いに通じるものです。

 しかし、物流の現場に最先端のテクノロジーを導入して新たな市場を創造したいという私の思いは、当初、社内でもすぐにはピンとこなかったようです。物流現場は多くの人々が目にするB2Cの領域とは異なり、縁の下の力持ち的なB2Bの事業領域なので、ほとんどの人たちはその実態を知り得ません。「物流クライシス」というと、大半の人がラストワンマイルの話だと考えてしまいます。

 そうした中、新型コロナの影響の長期化により、様々な企業活動が多大の影響を受け、弊社が得意とするAIソリューションのターゲットとなる市場も抜本的に見直す必要に迫られました。それには新市場の創造に挑戦した経験があり、先端技術にも明るいリーダーが必要だよねということで、社外取締役も含めて「久夛良木さんがCEOとしてアセントを強力に牽引してもらえないか」ということになりました。そこで私は熟考した末に、「分かった。俺がやる」と宣言しました。とはいえ、自身の会社の経営と並行して複数社の社外取締役などを務めている身なので、さすがに時間的に無理かもと思ったのですが、やり始めてみたらやっぱり楽しくなってきました。

物流業界ではここ数年で、ロボットによる物流倉庫の自動化が進み始めていると聞いています。

 いや、端緒に就いたばかりだと思います。米Amazon.comのような巨大IT企業でさえも、まだ完全な自動化は達成できていない状況です。急速な物流クライシスに対応するために、現在、世界規模で巨大な物流センター群が整備されつつありますが、しかしそこで自動化されているのはまだまだ一部の機能にとどまっています。そこではAGV(無人搬送車)と呼ばれるモビリティーシステムが倉庫内を動き回ったりしているものの、膨大な種類に及ぶECの商品や日用品のピッキング、箱詰め作業などは、まだまだ人手に頼っている状況が続いています。

 そもそも物流倉庫の現場には、IT化によるさらなる進化が必要とされる領域がほぼ手つかずの状況で残されています。例えば、荷物をピッキングしたり、パレットに載せたりするロボットなどが個別に導入されたりしていますが、それらを含む物流オペレーション全体の統合的な制御や可視化、そして最適化などの領域は手つかずの状況です。ECユーザーからみても、小物1個でも段ボール箱に入ってその都度、宅配便が届くのはわずらわしい限りです。こんな非効率な状況の中で、世界同時並行的に到来した物流クライシスは、ある意味で滅多にない新事業拡大のチャンスと捉えています。