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昨今の人間拡張技術の中で、特に注目している分野はありますか。

 人間とAIの融合という観点で、脳に埋め込むタイプの侵襲型のBMI(Brain Machine Interface)に注目しています。また最終的に社会に受け入れられるかにも興味があります。現在の非侵襲型の脳波計(EEG)は、脳の外からぼんやり電位を観察しているだけなので、埋め込み型になれば取れる情報の量や精度が飛躍的に向上します。私も埋め込みたいくらいです。ただし、医療目的ではないのに埋め込むとなると、まだ相当にハードルが高いでしょう。

 一方で、これから高齢化社会が進み、病気で体の麻痺に見舞われる人が増えたとき、そういう人たちがペースメーカーのように体に埋め込むことで健康的な生活を送れるようになれば、状況は変わるかもしれません。

確かに侵襲型BMIのような体内に埋め込むデバイスに関しては、今後、倫理的な側面が大きな議論になる可能性があります。

 これは非常に重要な課題です。結局のところ、どれくらい安全なのか、どれだけの便益がもたらされるのかだと思います。それほど便利でないのに個人情報をいろいろ取られたらいやだというのと同じです。例えば、中国の小学校で生徒に脳波を測定するヘッドバンドを付けさせて授業中の集中度合いを見る取り組みがディストピア(反理想郷)だと話題になりました。でも、眼鏡や補聴器だったら別に問題はないわけです。つまり、何をしたらディストピアと捉われてしまうのかという部分は、社会的にまだ揺れているのです。これについては技術的な側面だけではなく、総合的に整理していくことが重要だと考えています。

人間拡張技術がもっと社会に受け入れられるようになるのは、いつごろになると考えていますか。また将来、人間拡張技術はどのように進化するのでしょうか。

 この問いは、どこまでを人間拡張技術として捉えるかに関わります。ひとつの答えは「もう既に」です。パソコンなど既存の技術も人間拡張の一部と考えられますし、存在の拡張に関してはこの1年で大きな進歩がありました。新型コロナウイルスの感染拡大前、テレビ会議は普及していませんでした。しかし今では爆発的に利用者が増え、重要な会議でもオンラインで進めようと社会が変わりました。

 次の大きなステップは「能力獲得」にあるかもしれません。教えるという行為は人間よりもAIが引き受けた方が効率的なところがあります。画一的ではなく、1人1人に親身に指導できるからです。勉強だけではなく、スポーツなどの技能獲得にも影響を及ぼすでしょうし、生身の人間の能力に限定されず、AIと人間が融合したときの能力も含むようになるでしょう。

 私は将来的に、人間の能力拡張技術はアプリケーションとして流通するようになると思います。スマートフォンのアプリのように、誰でもプログラミングできて、誰でも使えるようになるのです。例えば超人ピアニストのように弾けるようになるアプリなどが流通するかもしれません。

暦本純一(れきもと・じゅんいち)氏
ソニーコンピュータサイエンス研究所副所長・東京大学教授
暦本純一(れきもと・じゅんいち)氏 1984年に東京工業大学理学部情報科学科卒、86年に東京工業大学理学部情報科学科修士課程修了。86年NECに入社し、94年からソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)に勤務。07年より東京大学大学院情報学環教授とソニーCSL副所長・フェローを兼務。さらに20年4月からソニーCSL京都研究室ディレクターも務める。(写真:ソニーCSL)