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水素をめぐる開発や事業化で出遅れていた国内勢が巻き返しつつある。水電解では、東レがほぼ業界標準だった「Nafion」を諸性能で超える電解質膜を開発し、事業化を進める。これまで日が当たらなかったAEM形水電解には、パナソニックが参戦した。貯蔵では、水素吸蔵合金の格安材料も登場。三菱重工業は容量150GWh分の大量の水素を岩塩層に長期貯蔵する。

水電解
東レがNafion超えのイオン交換膜
ダークホースはAEM形

 「世界中の水電解装置メーカーから引き合いが多数ある」(東レ HS事業開発推進室 主席部員 先端材料研究所 主席研究員の出原大輔氏)──。

 東レが開発したのは、「PEM(Proton Exchange Membrane)形」水電解装置のセルスタックにおいて、正極と負極間でプロトン(H+)をやり取りするためのイオン交換膜。この膜自体をPEMと呼ぶ。

 現在のPEMのほぼ業界標準となっているのは、フッ素系高分子膜の「Nafion」である。これに対し、東レのPEMは、炭化水素系高分子材料から成る。

 東レが開発したPEMは、Nafionが抱えていた2つの課題を大きく改善する注1)図1)。

注1)80℃前後で運転することが多い水電解で使う場合は影響がないが、燃料電池で使う場合は、耐熱性が90℃までしかないことも課題となる。
図1 現在主流の電解質膜「Nafion」は課題山積
図1 現在主流の電解質膜「Nafion」は課題山積
現在のPEM形水電解の電解質膜として主流のフッ素系膜(Nafion)の課題。ガス透過性が高く、H2やO2が電解質膜を超えて逆流してしまう。これは電解効率の低下や両ガスが混合することによる爆発リスクを招く。H伝導度や耐熱性の向上も、電解効率向上や使用条件拡大に向けた課題だ。(図:日経クロステック)
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 1つは、セルスタック内部において、カソードで発生した水素(H2)、アノードで発生した酸素(O2)が、PEMを透過してそれぞれ反対の極に逆流してしまう課題である。これはNafionのガス透過性が高いために発生する。こうした逆流が起こると、せっかく生成したH2が事実上失われることによる電解効率の低下や、H2とO2が混合して爆発するリスク注2)を招く。膜を厚くするとガスの透過を防げるものの、するとH+まで移動しにくくなってしまう。

注2)O2にH2が4%以上混合すると爆発の危険性がある。従来は混合防止のため停機する必要があり、稼働率の低下につながっていた。

 これに対し、東レの炭化水素系電解質膜は、H2の透過率がNafionの1/10、O2は1/50と非常に低く、逆流を大幅に低減できる。