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宝飾品としてのイメージが強いダイヤモンドは、パワーデバイス材料としても極めて高い物性値を誇り、「究極のパワーデバイス」とたびたび称されている。そんなダイヤモンドは従来課題だらけの状況だったが、それらを着実に一歩ずつクリアーして実用化が近づき、社会実装を目指すベンチャー企業も設立された。究極のパワーデバイスが市場に広まる日もそう遠くなさそうだ。

 パワーデバイスとして高い潜在能力を持ちながら、長い間日の目を見なかったダイヤモンドに、ついに開花の兆しが見えてきた。基板の大型化とデバイス性能の向上が著しく、宇宙・軍事用途、ひいては車載や電動航空機などの民生用途で期待が高まっている。

2インチ基板が登場

 パワーデバイス材料としてのダイヤモンドは、バンドギャップ、キャリア移動度、熱伝導率などの重要指標がのきなみ高い。そのため、ダイヤモンドは「究極のパワーデバイス」と称されてきた。

 卓越した物性を誇る半面、技術の成熟度は炭化ケイ素(SiC)や窒化ガリウム(GaN)のはるか手前で停滞していた(図1)。基板の高品質化や大口径化が困難、硬いために研磨も困難、ドーピング技術が十分に成熟していない、高コストなど、挙げればきりがないほど課題山積だったためだ。

図1 実用化に向けた途上にある
図1 実用化に向けた途上にある
パワー半導体材料としてのダイヤモンドの開発史。長い歴史を持つ一方、同時期に研究開発が開始されたSiCや、21世紀に入ってから出てきた酸化ガリウムに先を越されている。ポテンシャルは高いが技術的ハードルも高く、研究スピードが遅いともいえる(図:ニューダイヤモンドフォーラムのホームページに掲載された年表と取材を基に、日経クロステックが作成)
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 ところが、近年技術的ブレークスルーが相次いでおり、停滞気味だったムードは一変しつつある。ダイヤモンドパワーデバイスの研究開発を進める佐賀大学 理工学部 理工学科 電気電子工学部門の嘉数誠教授は、「パワー半導体関係のメーカーをはじめとした各所から毎日問い合わせが来ている。まだ様子見のフェーズのようだが、スイッチング性能や信頼性が気になっているようだ」と、産業界から期待が寄せられていることを明かす。

 技術革新の一例が、Orbray(アダマンド並木精密宝石が2023年1月に社名変更)の大型基板である。同社は2021年9月、直径2インチ以上(55mm)のダイヤモンド基板の量産技術を開発したと発表した注1)図2)。大型基板の登場によりダイヤモンドパワーデバイスの企業研究に拍車がかかるとしている。

注1)同社が2インチ基板を開発する以前の2016年ごろにドイツAugsburg Diamond Technologyが92mm(約3.6インチ)基板の開発に成功している。ただこちらは「品質や再現性に疑問が残る」(ダイヤモンドパワーデバイス関連の技術者)といい、量産技術の確立までは至っていないようだ。
(a)Orbrayの2インチウエハー
(a)Orbrayの2インチウエハー
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(b)Augsburg Diamond Technologyの92mmウエハー
(b)Augsburg Diamond Technologyの92mmウエハー
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図2 基板の大型化が進む
Orbrayが開発した世界最大クラスとなる直径2インチ以上(55mm)のウエハー(a)と、ドイツAugsburg Diamond Technologyの92mmウエハー(b)。これまでは25mm(約1インチ)程度が上限だった(写真:左は日経クロステック、右はAugsburg Diamond Technology)

 同社の量産技術は、階段状に約7°傾斜したサファイア下地基板にイリジウムのバッファーを挟んでダイヤモンドをヘテロエピ成長させる「ステップフロー成長」と呼ばれるもの。大型化するとサファイア下地基板との剥離が難しくなるが、ステップフロー成長は傾斜方向に合わせた横方向(基板の水平方向)に成長するので、冷却時の応力も横方向に働く。それによりイリジウム層とサファイア層が自然と剥離できるようになった。原理的に8インチの基板にも適用できるという。