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米中半導体摩擦を背景とした新たな半導体サプライチェーンを巡り、各国が岐路に立たされている。その渦中にあるのが台湾積体電路製造(TSMC)だ。同社は高まる地政学的リスクを分散するため、日米にロジック半導体の新工場を設立し、ドイツでも検討を進める。今後の行方を、世界の半導体状況に詳しいインフォーマインテリジェンス シニアコンサルティングディレクターの南川明氏に聞いた。

インフォーマインテリジェンス シニアコンサルティングディレクター 南川明氏
インフォーマインテリジェンス シニアコンサルティングディレクター 南川明氏
(写真:南川明)
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米国は対中半導体規制を強めています。今後、中国に先端プロセス半導体を製造する手はあるのでしょうか。

 中国は先端プロセスをもう量産できないでしょう。

 今の米国の政策では、中国に28nmプロセスよりも進んだ製造技術のほとんどが出荷できません。中国は既存あるいは中国製の製造装置を使っても、14nmプロセス程度の製造が限界です。今後はグローバル生産能力も、他国の能力向上によって下がり始めるでしょう。

 中国の半導体分野全体でも、グローバル生産能力は今後20~30年停滞するとみています。

そこで最先端プロセスで先がない中国は、TSMCが欲しいというわけですね。

 そうです。そのため、広い意味での「台湾有事」は必ずあり得ると我々はみています。武力による手段ではないかもしれません。親中派の議員を台湾内で増やして、同派の総統を擁立する可能性もあります。世論操作もあるでしょう。

 中国は、世界の先端ロジック半導体の9割を生産するTSMCがどうしても欲しい。先端半導体は軍事力に直結しますから。

 ロシアのウクライナ侵攻で、戦争の在り方は大きく変わりました。戦車の台数や戦闘機の機数の勝負ではなくなりました。ドローンや(精密に標的を狙える)小型ミサイルが非常に有効だと判明し、軍事力を計る尺度が変わりました。そのためにも先端半導体は欠かせません。

ただ、たとえTSMCを奪取できたとしても、量産を維持できないのではないでしょうか。その量産を支える半導体材料やEUV(極端紫外線)露光装置などの製造装置は欧米・日本が握っており、輸入が難しい状況にあります。

 そうですね。なので、いずれにせよ中国の先端半導体の技術開発や生産能力は頭打ちになる可能性が高いです。

台湾有事はいつ頃起こるとみていますか。ラピダスが量産開始を予定する2027年より前もあり得るのでしょうか。

 その時期はまだ分かりませんが、あり得ます。TSMCの工場分散には経済合理性はありませんが、実際に実行しています。そこから考えても、リスクがかなり高い状況にあることが分かります。

米国は中国に先端半導体を製造させないためにも、対中規制を強め、日本やオランダのような同盟国にも同様の対応を求めています。米国が主導する、同盟国による半導体サプライチェーンはどう展開されていくのでしょうか。

 米国は、日本、台湾、欧州などの同盟国や同志国・地域で強靱(きょうじん)な半導体サプライチェーンを形成しようとしています。欧州は(EUV露光装置の唯一のサプライヤーである)オランダASMLの参画、日本は装置・材料分野で期待されています。韓国は今のところ、この枠組みに入っていません。

 この半導体サプライチェーンは、2段階で構成されます。つまり、各国が自国・自領域内にサプライチェーンを形成します。欧州や日本はTSMCの量産工場が大きな役割を担うかもしれません。そして、各国のサプライチェーンが結びついて大枠のサプライチェーンを構成します。

 興味深いのはインドや、シンガポールやインドネシア、ベトナム、タイのような東南アジアの国です。米国はこれらの地域での半導体を利用する製品の製造や消費を伸ばそうとしています。中国とデカップリング(切り離し)を進めながら、中国に代わる工場拠点に成長させようとしています。

 一例として、米Apple(アップル)の供給元である台湾・鴻海(ホンハイ)精密工業は、中国からインドに量産機能を移転しています。2022年10月に米国が対中半導体規制を強化したことからも、まだ始まったばかりのこの動きは加速していくでしょう。