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2022年10月、米国で興味深い書籍が出版された。半導体の世界史を米国の視点から描いた『CHIP WAR(チップ・ウォー)』だ。この本からは、米国政府・産業がいかに日本を恐れ、逆にあの手この手で力を削いだ歴史を知ることができる。その時代は終わり、今米国は中国を狙う。歴史を振り返ることで未来が見えてくる。

 「日本を打ち負かす鍵は(韓国Samsung Electronics〔サムスン電子〕のような)アジアのより安い半導体供給源を見つけることだった」─。2022年10月、米国で衝撃的な書籍が出版された。半導体の世界史を米国の視点から描いた『CHIP WAR(チップ・ウォー)』だ。同書籍では、米国がかつての日本半導体の攻勢にどう反撃し、またどれほど恐れていたのかが分析されている。その恐怖と反撃の対象は今、中国に変わった。米国の戦略が大きく転換した今は、少なくとも日本にとってのチャンスと言えそうだ。

 『CHIP WAR』著者のChristopher Miller氏は、米タフツ大学 フレッチャー法律外交大学院(フレッチャー・スクール) 国際関係史 准教授である。同書は、1948年の米ベル研究所によるトランジスタ発明の発表から現在の米中半導体摩擦に至るまでを俯瞰(ふかん)して描いた。「産業・アカデミア・政府の専門家100人以上への取材」(同氏)などを基にする。なお、2022年12月には、英Financial Timesが2022年に出版されたビジネス書を対象とする賞「FT Business Book of the Year Award 2022」にも選出された。

技術で勝ち、政治で負けた日本半導体

 同著の内容をまとめると、日本半導体の2つの興隆要因と、4つの衰退要因が浮かび上がってくる。順番に見ていこう(図1)。

図1 2つの日本半導体勝因と4つの日本半導体敗因
図1 2つの日本半導体勝因と4つの日本半導体敗因
(出所:『CHIP WAR』の内容を基に日経クロステックが作製)
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 1986年、日本の世界に占める半導体シェアは最高潮に達していた。先頭を行くのはNECや東芝、日立製作所といった企業だ。それまで世界首位だった米国を超え、DRAM(ダイナミック・ランダム・アクセス・メモリー)市場ではそのほとんどを占めた。

 「第2次世界大戦からしばらくの間、日本製は『チープ(安い、低品質)』の同義語だった」注1)。Miller氏はこう説明する。米半導体企業が集う会議では写真を撮ってアイデアをコピーすることから、「カシャ、カシャの国」とまで揶揄(やゆ)されていたという。

注1)この文章は、『CHIP WAR』の記述を記者が訳したもの。Chris Miller氏および『CHIP WAR』の文章は以下同様である。

 そんな状況から一転、短期間で日本は興隆した。なぜか。Miller氏が指摘するのは(1)品質の高さ、(2)日本政府の手厚い補助─という2点である。

 (1)半導体製品の品質は、技術力の指標でもある。米Hewlett-Packard(ヒューレット・パッカード、HP)役員だったRichard Anderson氏は当時、東芝やNECといったDRAMメーカーを調査した。日米でそれぞれ3企業の製品を1000時間試験したところ、米国企業は不良率0.09%だった一方、日本企業のそれは0.02%と低かった。対象企業の内、最も不良率が高かった米企業は0.26%で、日本企業の10倍悪い結果だったという。

 (2)として、1976年に設立された官民合同コンソーシアム「超LSI技術研究組合」が、日本の半導体市場に弾みをつけたことだ。同コンソーシアムは東芝やNEC、日立製作所などの半導体メーカーだけでなく、キヤノンやニコンといった露光装置を手掛ける企業の開発加速にもつながった。

 日本企業が共同で大規模集積回路に取り組むこの姿勢は、米国ではありえないものだった。「反トラスト法」により、半導体企業同士の大規模協業が難しかったからだ。日本政府の企業に対する補助金も手厚かった。実際、超LSI技術研究組合には1976~80年度までに、291億円が交付されている。

 米Intel(インテル)のような米国企業は1980年代、日本の製造手法を真似(まね)ることでDRAM事業の再建を試みた。だが、DRAM市場での日本の独占状態は変わらなかった(図2図3)。

図2 米国視点の半導体史(半導体黎明〔れいめい〕期)
図2 米国視点の半導体史(半導体黎明〔れいめい〕期)
(出所:日経クロステックが作製)
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図3 米国視点の半導体史(日米半導体摩擦)
図3 米国視点の半導体史(日米半導体摩擦)
台湾TSMCは、台湾積体電路製造を指す(出所:日経クロステックが作製)
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