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写真:栗原克己
写真:栗原克己
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SUBARU(スバル)が誇る運転支援システム「アイサイト」。世界で初めてステレオカメラによる衝突被害軽減ブレーキを実現した。その初代モデルから開発に携わってきたのが樋渡穣氏だ。60歳を過ぎた今も、デジタルツインやHILS(ハードウエア・イン・ザ・ループ・システム)の活用に取り組むなど技術開発にかける勢いは衰えない。

 アイサイトに使うカメラ技術の「ステレオ法」は、いわゆる三角測量法と同じ原理です。もともとは安全技術としてではなく、エンジンの燃焼状態を計測する技術として開発しました。始まりは1989年まで遡ります。

エンジンの燃焼計測がルーツ

 エンジンで燃焼するガソリンと空気は、複雑な3次元運動をします。その立体的な動きを可視化できれば、燃費などを高い精度で検討できるようになります。そこで何とか3次元で観察できないかと考えて、目を付けたのがステレオ法でした。

 ステレオ法による燃焼の可視化を実用化するために、画像処理用の電子回路を開発しました*1。おもしろい技術なので、他にも応用できないかと社内で議論を重ねました。例えば、ヘリコプターの着艦センサーとして使う、鉄道車両に取り付けて踏み切りを監視するといった案が出て、実際に一部は量産したり、事業性を評価したりしました。

*1 当時、同様の技術でしのぎを削っていた世界中の競合研究者と比べても、認識率やリアルタイム性に優れていたという。

 しかし、やはり自動車メーカーなのだから、安全性を高めるために使うのが筋ではないかと考えました。ステレオカメラを使って対向車や歩行者、全てのものを認識すれば、ぶつからない車ができるはずだと。そして1990年ごろに先行開発チームが立ち上がったのです。

 当時はまだアイサイトとは呼ばず、「ADA」 (アクティブ・ドライビング・アシスト)と呼んでいました。100万円以上する工場用の白黒CCDカメラを2台購入し、車内の左右の離したところに設置して実験を開始しました。

 やがて、高速道路での実験走行を開始します。「前の車が見えた」「距離と速度が出た」「前の車が車線変更したら、さらにその前の車の距離と速度が分かった」と機能を確認しながら開発を進めました。画像認識ユニットの小型化にはとても苦労しました。なんとか運転席のシート下に収まる大きさにまで小さくし、93年にADAの基本技術が完成したのです。