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現在、世界各地で製造業のデジタルトランスフォーメーション(Digital transformation:DX)が進んでいる。先駆けといえるのが、ドイツのインダストリー4.0だ。その提唱者で、ドイツ工学アカデミー(acatech)評議会議長のヘニング・カガーマン(Henning Kagermann)氏にインダストリー4.0の進捗や日本との協業、米中貿易摩擦による影響などを聞いた。(聞き手は高野 敦=日経クロステック)

ヘニング カガーマン(Henning・Kagermann)
ヘニング カガーマン(Henning・Kagermann)
ドイツ工学アカデミー(acatech)評議会議長
インダストリー4.0の策定を主導した。ドイツSAP元会長兼最高経営責任者(CEO)。(写真:加藤康)

インダストリー4.0を2011年に提唱してから8年以上がたちました。現在の進捗についてどのように考えていますか。

カガーマン氏:中小企業で採用に時間がかかっていますが、ほぼ期待通りに進んでいます。国際的にインダストリー4.0の認知度が高まり、広く普及しました。インダストリー4.0の採用で新たな知見が生まれ、それを共有するオンラインライブラリーも整備されました。

中小企業で採用に時間がかかっているのはなぜでしょうか。

カガーマン氏:中小企業は、業界で広く採用されるなど安心して導入できる段階まで投資を控える傾向があります。加えて、大手企業に比べるとソフトウエアなどの専門家が不足しています。資金的な制約も大きい。

インダストリー4.0では標準化を重視しています。中でも、「アセット管理シェル」*1の進捗はどうでしょうか。

*1 アセット管理シェル
設備やソフトウエアのデータ構造を標準化し、広範なデータ流通を促進する仕組み。

カガーマン氏:アセット管理シェルはかなり成熟してきました。採用も順調に進んでいます。最初のリリース以降、様々なフィードバックを受けてバランスが良くなりました。物だけではなく人やシステムのデジタル化を促進するものになったと考えています。

 アセット管理シェルの特長としては、相互運用性と知財保護の両立が挙げられます。データ流通を進める一方で、特定のプロセスなどについては保護したいというニーズもあるからです。

ドイツではドイツ機械工業連盟(VDMA)のような業界団体がアセット管理シェルの標準化や普及を進めていますが、他国を巻き込む点ではどうでしょうか。

カガーマン氏:国際協力を推進する上では、産業機械向けデータ交換仕様OPC UA(OPC Unified Architecture)に代表される技術標準が非常に重要です。これらの標準によって、グローバルな相互運用性を保証できます。

ロボット活用の動機で日独に違い

インダストリー4.0における人工知能(AI)の位置付けについてお聞かせください。ドイツはAIそのものよりも、まずAI活用に向けたデータ基盤の確立に力を注いでいるように見えます。

カガーマン氏:インダストリー4.0の構想が始まった2011年ごろは、AIがそれほど注目されていなかったので、適切なデータを集める基盤の確立に力を注ぎました。その後、2013年から2015年にかけてAI、特にディープラーニングなどの技術が急激に進化し、データドリブン*2なAIが本領を発揮するようになりました。それも良質なデータ基盤があってこそ実現できたものであり、データ基盤の確立に注力したのには意味がありました。

*2 データドリブン
得られたデータを基に分析し、判断を下して、将来の予想や企画の立案などに生かしていくこと。データ駆動。

 ドイツ政府は現在、AIのための全国プラットフォームを創設し、インダストリー4.0や自動運転、スマートホームなどでのAI活用に取り組んでいます。

2019年に、acatechと日本のロボット革命イニシアティブ協議会(RRI)の共同研究として「人と機械の共生に関する白書」*3を発表しました。インダストリー4.0ではAIやロボティクスによる自動化を重視している印象がありましたが、方針を少し転換したのでしょうか。

*3 人と機械の共生に関する白書
Revitalizing Human-Machine Interaction for the advanced society

カガーマン氏:人と機械の共生も当初からテーマの1つではありました。インダストリー4.0では「人間を中心に据える」とうたっていましたが、日本側の「社会的な課題にロボットを活用する」という発想は新しかった。

 日独とも、最終的に解決しようとしている課題は共通していますが、動機が少し違います。日本は人と機械の関わり合いから得られた知見を広く社会で共有するというアプローチで、これは非常に進んだ考え方です。ドイツでこのような考え方を企業に説得するのは難しい。企業は知見を囲い込んで自社の競争力を高めたいからです。知見を広く共有して世界に広めるという考え方は、現時点ではかなり進んでいます。

(写真:加藤康)
(写真:加藤康)