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断念ではないが、大幅にスローダウン

 三菱重工業は今、経営的に大きな課題を抱えている。「既存事業が成熟化しており、価格競争の激化とスペースジェットプログラムの遅れ、成長投資の不足などにより、成長の停滞や収益力の悪化に直面」(泉沢社長)しているのだ。ここに新型コロナウイルス感染症の世界的なまん延が直撃。特に民間航空機事業の「構造的な落ち込み」(同社長)があり、同社は大幅なリストラを避けられなくなった。結果、リストラの大なたを振るわれたのが、スペースジェット事業だったというわけだ。

 すさまじいまでのリストラである。スペースジェット事業に投じる資金を、前年のわずか5.4%に絞り込む。三菱重工業は前回の中期経営計画「2018事業計画(2018~2020年度)」の3年間で、スペースジェットの開発に3700億円を投じた。これを次の中期経営計画(2021事業計画)の3年間では200億円にまで圧縮する(図2)。こうして抑えた費用を、同社は成長領域と位置付けるエナジートランジション(カーボンニュートラルの推進)やモビリティーなどの新領域に振り向けるという。

図2 リストラの大なたが振るわれたスペースジェット事業
図2 リストラの大なたが振るわれたスペースジェット事業
新旧の中期経営計画で示された資金配分の比較。スペースジェット事業へ投じる資金を3700億円から200億円に絞り込む。代わりに、三菱重工業が成長領域と考える事業に資金を投じる。(三菱重工業の資料を基に日経ものづくりが作成)
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型式証明を取れるのか

 客観的に見て、これはスペースジェット事業からの「事実上の撤退宣言」だろう。開発は「諦めない」(三菱重工業)とはいうものの、1年当たり70億円に満たないわずかな費用では、飛行試験機(試作機)を使った飛行試験はもちろん、量産機の設計や量産ラインの構築など到底できない。

 確かに、型式証明(Type Certificate:TC)の文書作成業務は続けられるだろう。だが、肝心の「いつ取得できるのか」という問いに、三菱重工業は「今ここで、いつと話せる状況にはない」(泉沢社長)、「取得期限は定めない」(同社広報部)と回答。「ゴールまで何合目か」と進捗状況を聞いても「何合目とは言えない」(同部)とする。これでは、型式証明の取得すら難しいのではないか。

 同社は機体の技術力には胸を張る。試作機で「既に3900時間の飛行をしている」(同社長)からだ(図3)。ところが、型式証明の取得に泣いた。民間航空機開発の実務経験を通じて得た知見が必要なのだ。

図3 飛行試験中のスペースジェット
図3 飛行試験中のスペースジェット
3900時間の飛行試験を、インシデントなくこなせる機体を開発できる技術力が三菱重工業にはあった。だが、商業運航に必要な型式証明の取得に関する知見不足に泣いた。(出所:三菱航空機)
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 その知見を持たない三菱重工業は、海外から専門家を呼び寄せたが、それでも型式証明は計画通りに取得できなかった。そして、20年の大幅な人員削減により、その専門家の多くが同社を去っている(図4)。知見を持つ人材が少ない中で、果たして型式証明の取得を完遂できるのだろうか。

図4 スペースジェットの最高開発責任者だったアレックス・ベラミー氏
図4 スペースジェットの最高開発責任者だったアレックス・ベラミー氏
カナダの航空機大手Bombardier(ボンバルディア)出身で、18年から最高開発責任者を務めた。同氏のような経験豊富な専門家を招へいしても型式証明を取得できなかった。なお、同氏は20年6月に三菱航空機から去っている。(出所:日経クロステック)
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