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「生産性2倍」なんて誰でも言える、だから私は具体的に提案する
富士ゼロックス社長 玉井光一氏に聞く技術者教育

富士ゼロックスにおける設計改革の陣頭指揮を取る社長の玉井光一氏に、技術者の育成について聞いた。(聞き手は高野 敦=日経クロステック)

ホワイトボードに絵を描いて説明する玉井氏
ホワイトボードに絵を描いて説明する玉井氏
(出所:富士ゼロックス)
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玉井氏 富士ゼロックスに来て、「目標設定は正しいのか、甘いのではないか」という疑問があった。私のバックグラウンドは機械工学なので、開発期間をもっと短くできる、性能をもっと高められると思った。もちろん、現物を見た上での判断だ。

 「改善」「改革」という言葉があるが、改善は2~3割良くなる程度。それだけでは他社と差が付かない。当社は来年(2021年4月)、社名を「富士フイルムビジネスイノベーション」に変更する。それは、顧客のビジネス全体を改革するような会社でありたいからだ。改革というなら、生産性を2倍にする、開発期間やコストを1/2にするといったレベルを目指さなければならない。そうなると、仕事のやり方をゼロベースで見直すようになる。

 2倍とか1/2とか、口だけなら誰でも言える。現場にリアリティーを持ってもらうために、私は具体的に提案する。例えば、レンズを組み立てる自動機では、タイミングチャートを自ら書いて生産性が2倍になるのを実証した。ただし、「玉井さんだからできるんだよね」で終わらせないようにするために、全員にやらせるようにしている。最初のうちは提案がなかなか出てこないし、出てきてもたいした提案ではない。だけど、繰り返しやらせると、2倍、1/2にするにはどうすればよいかを考えるようになってくる。

 早く決めることも大事だ。間違っていても構わない。何も手を打たないのが一番よくない。もし間違っていても、すぐに軌道修正をかけるようにしている。私の場合、横浜(研究開発拠点のある横浜みなとみらい事業所)で指示を出した後、本社に帰ってきてから「やっぱりやめよう」となったケースもある。朝令暮改があまり多すぎるのはよくないが、とにかく早く決めるようにしている。

複合機のコスト削減について現場で議論する玉井氏
複合機のコスト削減について現場で議論する玉井氏
(出所:富士ゼロックス)
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ゲームチェンジモデルが技術力伸ばす

目標はどう決めるのか。

玉井氏 複合機でいえば、表に出てくる性能だけではなく、背後にある性能も重要になる。当社は今後、OEM(相手先ブランドによる生産)を積極的に推進する。既に国内外の競合他社から依頼がある。私は、先方の経営者に「なぜ当社にOEMを依頼するのか」と尋ねた。すると、堅牢(けんろう)性、ロバストネスが評価されていると分かった。

 例えば、複合機の試験に、高湿度環境で紙がジャムらない(詰まらない)か否かの検証がある。当社の複合機は湿度が相当高くてもジャムらないという。サイバー攻撃や電気ノイズへの耐性も同様に評価が高い。いずれも、ロバストネスに関わるものだ。

 つまり、表面的な性能にはほとんど差がなくても、根底のロバストネスに大きな差がある。ロバストな複合機は実使用環境でのトラブルが少ないので、手離れがよく、収益性に効いてくる。そういう部分をさらに強化していきたい。

そのための技術者をどう育成するか。

玉井氏 技術者は、ずっと同じものを作りたいわけではない。マイナーチェンジでは技術者は育たない。だから、世界初を目指す「ゲームチェンジモデル」の開発を始めた。世の中にないものを作るとなれば、技術者は燃える。ゲームチェンジモデルは、機種数としてはそれほど多くないが、携わっている技術者は目の輝きが違う。技術者のポテンシャルを高める場だと思っている。

 横浜で毎週月曜日にゲームチェンジモデルの会議があり、私も毎回出席している。ゲームチェンジモデルというだけあって、そんな簡単にはできない。トラブルだらけだが、だからこそ技術者が伸びる。

「2000万円でやるならどうする」

ロバストネスの実現には生産技術も欠かせない。

玉井氏 新製品の会議には、必ず生産技術と調達が参加する。「ものはできたから、あとはよろしく」では駄目だ。設計と並行して生産も調達も動かす。早い段階から「この設計だと生産性が低い」「この部品は高いから使えない」といったことが分かっていれば、設計者は頭を切り替えられる。

 以前も生産技術や調達が同席していたかもしれないが、あくまで“従"の位置付けだった。そうではなく、もっと前に出てきて発言する。設計段階で金型の要件やコストを検証できるようになったのは、まさにその例だ。

 昔は製品の設計が終わってから金型の設計や評価をしていたので、手戻りが多かった。樹脂成形品も、すぐに使えるということはなかった。精度が低いとか、バリが出るとか、さまざまな問題があって、何度も金型を修正していた。最初に作った金型をT1、2番目をT2と呼ぶが、昔はT3~5が一般的だった。

 今の当社は、ほとんどがT1、相当難しいものでもT2で終わる。設計段階で金型の要件を検証できるようになったのが大きい。これは、当社の先輩方が築き上げてきた資産だ。他社から金型の評価を有償で請け負っているぐらい評価が高い。

生産技術者はどう育成するのか。

玉井氏 生産技術者は入社するとまず現場に行ってもらう。現場のものづくりを知らないと、現場に合わない設備を設計してしまうからだ。1年ほどの実習を通じて、ものづくりを勉強してもらう。その過程で、課題を与える。例えば、「ある工程の作業者を10人から5人に減らすにはどうすればよいか」という課題だ。そうすると、2億円ぐらいかかりそうな案が出てくる。それに、「2000万円でやるならどうする」と返す。それが教育だ。発想が根本的に変わる。

 技術者への教育は、若手だけではなく中堅層も含めて100回以上やってきた。私が自作した教科書には、機器設計の勘所、ロバストネスを実現するエッセンスが書いてある。設計の原点ともいうべきものだ。例えば、軸と軸受のクリアランス、軸受の幅など、自分の経験に基づいて具体的な係数を決めている。それは、世の中の教科書には書かれていない。

 技術者に「コストを1/2にしろ」というと、最初は絶対できないという顔をする。そこで私から案を3つ出すと、2つは駄目でしたと返ってくる。でも、「なぜ駄目だったのか」「ここまでやったか」と聞くと、だいたいそこまではやっていない。90まではやっているけど、そこで諦めていることが多い。優秀な技術者は100までやっている。

たまい・こういち:富士ゼロックス代表取締役社長、富士フイルムホールディングス(以下、富士フイルムHD)取締役副社長。1952年生まれ。東京大学大学院工学系研究科精密機械工学専攻(現精密工学専攻)にて論文により博士(工学)の学位取得。2003年、富士写真フイルム(現富士フイルムHD)入社。11年、富士フイルムHD取締役執行役員、富士フイルム取締役常務執行役員メディカルシステム事業部長。13年、富士フイルムHD取締役執行役員、富士フイルム取締役専務執行役員。16年、富士フイルムHD取締役執行役員兼チーフ・イノベーション・オフィサー(CIO)、富士フイルム取締役副社長兼CIO。17年、富士ゼロックスに代表取締役副社長として入社。18年、富士ゼロックス代表取締役社長、富士フイルムHD取締役副社長に就任。現在に至る。(写真:加藤康)
たまい・こういち:富士ゼロックス代表取締役社長、富士フイルムホールディングス(以下、富士フイルムHD)取締役副社長。1952年生まれ。東京大学大学院工学系研究科精密機械工学専攻(現精密工学専攻)にて論文により博士(工学)の学位取得。2003年、富士写真フイルム(現富士フイルムHD)入社。11年、富士フイルムHD取締役執行役員、富士フイルム取締役常務執行役員メディカルシステム事業部長。13年、富士フイルムHD取締役執行役員、富士フイルム取締役専務執行役員。16年、富士フイルムHD取締役執行役員兼チーフ・イノベーション・オフィサー(CIO)、富士フイルム取締役副社長兼CIO。17年、富士ゼロックスに代表取締役副社長として入社。18年、富士ゼロックス代表取締役社長、富士フイルムHD取締役副社長に就任。現在に至る。(写真:加藤康)