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 ミツトヨ(川崎市)は従来の技能伝承の仕組みを強化した「匠(たくみ)マイスター制度」を新たに開始し、2021年4月に初代の匠マイスター10人を任命した。これまでも技能伝承の仕組みとしては約26年間運用してきた「師匠制度」があった。なぜ、同社は技能伝承の仕組みを刷新する必要があったのか、その背景を探る。

特注品や内製設備に高い技能が不可欠

 同社がラインアップする5000種類以上の精密測定機器の多くは量産品で、「大量に同じ品質、コスト、納期で造るもの」(ミツトヨ宇都宮事業所設備技術部部長の正田典男氏)。こうした量産品では、効率よく量産するための生産技術や治具の開発・標準化が技能よりも重要となる。

 技能が重要な役割を果たすのは量産品よりも、いわゆる「一品もの」だ。製品としては例えば、特注品である超高精度の3次元測定機や石定盤、直角度のマスターなどで、その製造には高度な技能が求められる。加えて、同社は「製品を造るための設備」の多くを一品もののように内製しており、ここでも技能の重要性は高い(図1*1。汎用の工作機械では対応できない重要工程に使われており、「内製設備は匠の技で成り立っている」(同氏)*2

図1 内製したスケール面研削盤
図1 内製したスケール面研削盤
ミツトヨでは重要工程で使われる多くの設備を自社で開発、製造している。そうした内製設備の実現には、高い技能(匠の技)が不可欠だ。(出所:ミツトヨ)
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*1 例えば、ノギス工場にある約550台の生産設備のうち、目盛りを打つスケール面を削る研削盤、目盛りを刻印する加工機、検査装置など半分以上の300台ほどが内製という。
*2 オリジナルの設備を工作機械メーカーなどに発注して造ってもらうことも考えられるが、高精度な精密測定機器の製造設備には長年蓄積してきた多くのノウハウがあり、それを外部に出すのは難しい。加えて、設備コストも内製した方が安く済む場合が多い。

 こうした特注品や内製設備は、ミツトヨの競争力を支える重要な要素。その実現に不可欠な高い技能も当然、会社として失うわけにはいかない。しかし1980年代、自動化や合理化が進んで技能の重要性についての意識が薄れ、技能伝承に対する危機感が強まったという。そこで90年代前半にミツトヨは、技能伝承に向けた取り組みを相次いで開始する。

 まず、91年に技能の基礎を学ぶ場として「技能開発センター」を宇都宮事業所に開設*3。95年には、「会社に有用な、高度または特殊な技術・技能の継承と後進の指導育成を図る」という目的で「師匠・師匠補制度」を導入した。優れた技能を持つ人を会社として認定する制度だ。これまで、3人の師匠と9人の師匠補を認定している。

*3 機械科と電気科の2つで1年間、学科・実技を受講し、卒業時には「技能士補」になる。現時点で卒業生は450人を超えた。2019年からは宇都宮事業所の新卒2年目社員は学歴や文系・理系にかかわらず全員、1年間の入所を必須としている。同社の広島事業所にも同様の施設(職業訓練校)を設けている。

師匠制度に行き詰まり感

 ところがこの師匠制度による技能伝承が行き詰まってしまった。技能伝承のスピードが遅く、新たな師匠が生まれないまま師匠・師匠補が次々と退職していった結果、ここ数年は師匠が存在しない状態が続いた。

 その理由の1つは、後進への教え方が「昔風」(正田氏)だった点にある。いわゆる「技は見て盗め」という教育だ。もとより、師匠・師匠補は技能の高さだけで選定しており、教え方は師匠・師匠補に一任していた。師匠・師匠補自身が「盗め」と言われてきた人々。教え方を任されても「教わったことがないから、教えられない」となるのも当然だ。ノウハウを伝授する時間的な余裕がないという事情もあった。

 そうした教え方の問題は、教えられる側である若手技能者の意識の変化でさらに顕在化する。「最近の若手は受動的な人が多い。教えてもらえればやるが、教えて下さいという感じではない」(同氏)。こちらから教えるまで待っている傾向があり、教え方によっては辞めてしまう場合もあったという。

 さらに、ミツトヨにおける人員構成の変化も、技能伝承を難しくしていた。採用人数が少ない時期があったため、高度技能の後継者候補である35歳前後の中堅社員が少なくなっているのだ。生産部門での業務効率化で派遣社員の比率も高まっており、技能を受け継いでほしい後継者の不足に拍車がかかっている。

 こうした背景から技能伝承がうまく進まなくなった一方で、その必要性は高まってきている。自動化やIoT(Internet of Things)活用といった新しい生産技術が広がる中、それを支える技能者が活躍する場も拡大しているからだ。「師匠制度をバージョンアップしなくてはならないタイミング」(同氏)だった。