いかに効率的に若手を育てるか─。製造現場の技術伝承に頭を悩ませている企業は多い。退職する熟練技術者が持つ優れたスキルや知見が失われれば、品質や生産性といった競争力が揺らぎかねない。かといって、厳しいコストダウン競争の中で、かつてのように熟練技術者に若手が付いてOJT(On the Job Training)でじっくり育てている余裕はない。
この課題に人工知能(AI)を活用したシステムで挑んでいるのがAGCだ。若手がシステムに質問を与えると、熟練技術者の知見を回答するシステム「匠(たくみ)KIBIT」を構築し、2018年末から本格運用している(図1)。
繰り返されるQAを蓄積する
匠KIBITのデータベースには、熟練技術者や専門家の知見が質問と回答のセット(QAセット)で登録されている。ユーザーが質問を入力すると、データベースのQAセットと質問との類似度をAIが判断してスコアリング。スコアの高いQAセットを表示する(図2)。例えば「バデライト(酸化ジルコニウム鉱石の1種)種類の見分け方は?」といった質問を入力すると、類似の質問とその回答のセットが、類似度のスコア順にリストアップされる。
所定のスコアに達するQAセットがない場合は、質問の内容に応じて、その分野の社内の熟練技術者や専門家らに、質問とともに回答を依頼するメールが送られる。誰かが回答を登録すると、質問者に通知が届く。得られた回答は質問とともに新しいQAセットとして追加され、自律的に匠KIBITの内容が充実していく仕掛けとなっている(図3)。
「若手技術者が入って世代が変わるたびにベテランは同じような質問を受けていた」。AGC技術本部フロート技術推進部部長の山道弘信氏は、同システムを構築した背景をこう語る。熟練技術者は貴重な時間を割いて、同じ回答を繰り返さなくてはならない。近年はメールでのやり取りも多く、複数の熟練技術者や識者に同報で質問する若手も散見された。
「回答が得られるのはよいが、熟練技術者は時間を奪われるし、そもそも知見が組織の財産として蓄積していかない」(山道氏)。繰り返されるやり取りを減らし、効率的に若手に技術伝承できないか。こう考えて構築したのが、匠KIBITだ。