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2016年5月、東京国際空港(羽田空港)の滑走路34Rを離陸に向けて走行していた大韓航空2708便の左側のエンジンが突如火を噴いた。同機は直ちに離陸を中止。乗客302人と機長を含む乗務員17人の計319人は、滑走路上で非常脱出した。事故の直接の原因は、エンジン部品の加工ミスによる部分破断だった。

 運輸安全委員会は2018年7月末、東京国際空港(羽田空港)で発生した大韓航空機の事故に関する事故調査報告書(以下、報告書)を公表した1)。本稿では、報告書を基に事故の概要と原因について解説する。

大事故免れるも40人が軽傷

 事故の経緯を振り返る。事故が発生したのは2016年5月27日午後12時半過ぎ。韓国・金浦空港へのフライトに向け、大韓航空2708便(機体はボーイング777-300型)が羽田空港の滑走路34Rに侵入して離陸滑走を始めて間もなくだった。羽田空港の管制所が同機の左翼のエンジン(第1エンジン)から出火しているのに気づき、同機に緊急停止を指示した(図1)。

図1 第一エンジンから火を噴いた大韓航空2708便
図1 第一エンジンから火を噴いた大韓航空2708便
事故は2016年5月27日に東京国際空港の滑走路で発生。韓国・金浦空港に向けて離陸滑走に入った直後に、管制所が異常に気付いた。(出所:国土交通省)
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 直後に同機操縦室内でもエンジン火災警報が発報。機長は、走行を停止した後、第1エンジンへの燃料供給を遮断するとともに、マニュアルに沿って消化操作を実行した。その後、消防車が到着して消火活動が始まると、機長は非常脱出の措置をとった。離陸滑走の開始からここまで、約6分間の出来事である。

 その後、5つの非常口(ドア)が開き、緊急脱出スライド(滑り台)が展開して非常脱出が始まった*1。最初にドアが開いてから3分47秒後に最後の乗客が脱出し、その後に副機長、機長が脱出した。このとき、乗務員の呼びかけを無視して多くの乗客が荷物を持ってスライドを降りたという。そのせいもあってか、脱出時に乗客40人が打撲やかすり傷などの軽傷を負った。エンジンからの出火は駆けつけた消防車によって間もなく消し止められた。

*1 厳密には10あるうちの6つのドアが開いたが、うち1つはスライドが展開しなかった。加えて、スライドが展開したドアのうち左側最前方のドアは、火災を起こしたエンジンの前方であること、スライド降り口付近に消防車がいたことなどから使用されなかった。

破断していたタービン部品

 2708便が搭載していたエンジンは、米プラット&ホイットニー(Pratt&Whitney、以下P&W)製の「PW4090型」。低圧/高圧の2軸構造の圧縮機・タービンからなるターボファンエンジンで、前方から「ファン」、ローターを6段備える「低圧圧縮機」(LPC)、同11段の「高圧圧縮機」(HPC)、「燃焼室」、同2段の「高圧タービン」(HPT)、同7段の「低圧タービン」(LPT)という構成となっている(図2)。

図2 事故機が搭載していたターボファンエンジン
図2 事故機が搭載していたターボファンエンジン
米プラット&ホイットニー(Pratt&Whitney)製の「PW4090型」エンジン。ファン、6段の低圧圧縮機(LPC)、11段の高圧圧縮機(HPC)、燃焼室、2段の高圧タービン(HPT)、7段の低圧タービン(LPT)という構成となっている。燃焼室から後段の高温・高圧の燃焼ガスにさらされる領域を「ホットセクション」と呼ぶ。HPTの「ディスク」と呼ぶ部品の一部が破断し、火災を引き起こした。(報告書を基に日経ものづくりが作成)
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 結論から言うと、2段のHPTの前方側(第1段)のローターの一部が破断したことが事故の原因だった(図3)。HPTローターは、円盤状の「ディスク」と呼ぶ部品の外周上に数十枚の「ブレード(翼)」を取り付けたもので、このディスクの外周部が破断した。欠落したディスクの一部やそこに取り付けられていたブレードがエンジンの一部を破壊し、燃料・エンジンオイルの漏れと引火につながり、火災を起こしたのだ。

図3 事故機の高圧タービン(HPT)ディスク
図3 事故機の高圧タービン(HPT)ディスク
外周部のリムの間にブレードを固定する。事故機のHPTディスクは、リム部の一部が破断していた。欠損したリム部がエンジンの一部を破壊し、それによって漏洩した燃料やエンジンオイルに引火して火災となったと考えられる。 (出所:国土交通所)
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 その根拠となるのが、現場に残された数々の証拠だ。まず、破断したHPTディスクは、「リム」と呼ぶブレードを取り付ける箇所の一部が欠損した状態で残っており、欠損したリム部は、事故のあった滑走路34Rの周辺から見つかっている。ディスクの破断面と回収したリム部の破断面は、完全に一致していた。

 この他、事故機の第1エンジンでは、HPTを覆う「HPTケース」の一部が外に折れ曲がっていたり、排気管を固定するボルトの一部がなくなったりしていた。燃料とエンジンオイル間で熱交換を行うための「燃料滑油熱交換器」*2のケースには3箇所の亀裂が認められた。同熱交換器には外部から力が加わった痕跡が認められなかったことから、ケースの亀裂は、破断したHPTディスクのリム部がHPTケースを貫通した際の衝撃、および同ディスクの破断によってエンジンが急停止した際の衝撃によって生じたものと、運輸安全委員会では分析している。

*2 燃料滑油熱交換器 燃料とエンジンオイルとの間で熱交換させるための補機。燃料を温めて水分の凍結を防ぐとともにエンジンオイルを冷却する役割がある。

 こうした状況から運輸安全委員会は、HPTディスクの破断を契機に生じた燃料滑油熱交換器ケースの亀裂から燃料やエンジンオイルが漏れ、これらがエンジンの高温部に接触し、引火したと結論付けている。問題は、なぜHPTディスクが破断したか、だ。

 HPTディスクのリムの内周側には、U字形状の溝(U字形溝)が設けられている(図4*3。問題のHTPディスクは、ちょうどこの溝の底部に沿ってリムの一部が破断していた。調べたところ、U字形溝の底部には全周に渡って高さ0.254mmの段差が認められた(図5)。

図4 HPTディスクの構造
図4 HPTディスクの構造
外周部にはタービンブレードを固定するリムが等間隔で並んでいる。その内周側にU字形溝が設けられている。事故機のHPTディスクはこのU字形溝から破断していた。(図は報告書を基に日経ものづくりが作成、写真出所:国土交通省)
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*3 U字形溝には、冷却用の空気の漏れを防止するエアシール部品を取り付ける。

図5 U字形溝の形状を転写した樹脂の断面写真
図5 U字形溝の形状を転写した樹脂の断面写真
底部に0.254mm(0.01インチ)の段差があった。この段差を起点して疲労破壊による亀裂が生じ、それが進展して破断に至ったと考えられる。 (出所:国土交通省)
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