使用中にフレームが破損したので調べてほしい─。消費生活センターからの依頼をきっかけに、国民生活センターが低価格の手動車いすを調べたところ、ずさんな品質管理の実態が浮かび上がった。消費者に即時の点検を呼びかけると同時に同センターは、安全認定取得の推進や破損・不具合発生時の対応窓口の設置などを業界・事業者に要望している。業界挙げての改革が求められる。
国民生活センター(以下、国セン)は2020年3月、車いすの使用時の不具合について調査した結果を公表した1)。消費生活センターから調査依頼があった2製品に加え、国民生活センターが独自に市販の6製品を購入し、全部で8製品に対して調査を実施した。
調査対象は、電動機を搭載しない手動車いすのうち、車輪に付いたハンドリムを手で回して進む自走用の車いす*1。自走用の場合、搭乗者が1人で自ら操作するため、使用中にフレームや車輪などに破損が生じた際にとっさの対応が難しく、転倒する危険性が高い。
長過ぎるスポーク、強度不足のフレーム
消費生活センターからの依頼に基づく調査結果から見てみよう。同センターからの調査依頼は2017~2019年に2件あった。
1つは2017年に寄せられた「使用開始から約4カ月で車輪(後輪)が変形したので調べてほしい」という依頼。調べてみると、当該製品のスポーク(片輪28本、計56本)全てが、リムやハブの実測値(スポーク取り付け部の直径)から算出される最適値よりも長かった(図1)。
車いすの後輪は、自転車の車輪と同様に、複数のスポークでリム全体を中心軸方向に引っ張る(スポーク張力を与える)ことで、荷重がかかってもたわまないようにしている。しかし、当該車輪はスポークが長すぎるために、走行に必要なスポーク張力を得られず、走行時の荷重によって変形したと推察された(図2)。
原因は「そもそもの設計値が間違っていたのか、製造段階で不適切な長さのスポークを間違がって取り付けたかのどちらか」(国民生活センター商品テスト部テスト第2課の早坂祐樹氏)だが、古い製品で同型品を入手できず特定できなかったという。
もう1つの依頼は、2019年春に寄せられた「使用中に左の前輪側のフレームが破損したので調べてほしい」というもの(図3)だ。調査依頼のあった車いすは、前輪部、中央部、後輪部で構成されるフレームの前輪部と中央部の連結部が破損していた。
これらのフレームはアルミニウム(Al)合金製のパイプで、結合部ではそれらの中に一回り小径のAlパイプを橋渡しするように挿入してあり、外と中のパイプを貫通するボルトとナイロンナットで締結している。このような構造になっているのは、折りたたむ際に中央部フレームのパイプが、前/後輪側フレームのパイプに対して回転するためである。
依頼品を調べて見ると、内側のパイプが使用中にずれ、左前輪部のフレームが外れたと推測された。破損していた左前輪部の連結部は、外れたフレームが接触して傷や変形が生じていたためボルト締結の痕跡を判別できなかったが、左後輪部フレームの締結部にはボルトとナットに締結の痕跡がなかった。つまり製造段階できちんと締結されていなかったため内部のパイプがずれてフレームが外れた可能性がある(図4)。
ボルトによる締結忘れは大きな問題だが、この車いすでは連結部以外の問題が調査中に判明した。国民生活センターで別途同型品を入手し、後述のJIS(日本産業規格)に基づいて走行耐久性試験を実施したところ、試験途中にフレームが破断したという。同じような走行回数で再現したことから、フレームの強度がそもそも不足していると明らかとなった。
半分の機種が安全基準に達せず
実は、手動車いすの破損に関する相談は多い。相談情報を蓄積したデータベース「PIO-NET」(パイオネット)には2014年4月以降で95件あった。うち危害・危険の事例は30件に上り、さらにその中の2件は転倒や壁への衝突で使用者が重傷を負っていた*2。
先述の2件の調査で安全性に懸念をいだいた国民生活センターは、インターネットで販売されている車いすについても調査を実施した。具体的には、実勢価格が3万円未満、メーカー希望小売価格が8万円未満という「安価かつ売り上げが上位の製品」(早坂氏)の6種類を入手(表1)。手動車いすに関する安全基準「JIS T 9201:2016『手動車椅子』10.4.2.1」に準拠した走行耐久性試験を実施した(図5)*3。
同基準の試験では、質量100kgのダミーを車いすに載せ、回転ドラムの上で走行させる。ドラムには1回転中に1回乗り越えるような段差を設けてあり、これを周速度1.0±0.1m/秒で20万回まで回転させる耐久性評価である。
試験の結果、同じような価格帯の製品の間に、大きな走行耐久性の差があった(表2)。3製品(表2中No.4、5、6)は、20万回の回転後でも各部に破損などの異常はなかった。一方、他の3製品は20万回に達する前にフレームや車輪の破損が認められた*4。
具体的には、No.1では後輪の付け根近傍のフレームの破断とスポーク1本の折損が、No.2でも後輪スポークの折損(右輪4本、左輪2本)が認められた(図6、7、8)。No.1のフレームの破断は疲労破壊による可能性が高い。また後輪スポークは、どれも中央のハブ近傍で破断していた。いずれもブレーキ用のドラムがある側で、早坂氏は「リムやスポークの強度が足りず変形しやすいために断続的にドラムに接触して破断したのではないか」とみている。
またNo.3ではわずか2万回でキャスターの樹脂製スポークのリム側が破損した。これも強度不足と考えざるを得ない。
早坂氏によると、タイヤ径やフレームのAl製パイプ径などに多少の違いはあるものの、6製品の構造には大きな違いはないという。しかし、結果に大きな差があったのは、業界内でメーカーによって品質への考え方や管理レベルに大きな違いがあることを示している。
調査結果の公表に際し国センは、車いす業界・事業者への要望も添えている。[1]JISやSG認定などの取得を推進し、破損や不具合が起きた場合の対応窓口を設置する、[2]点検方法や定期的なメンテナンスの作業方法について説明書に分かりやすく表示するとともに、消費者がメンテナンスを依頼できる店舗や窓口などを整備する、の2点である*5。しかし、[1]については、JISやSGへの準拠はあくまで任意であり、表1で見たように取得していない製品が多い実情がある。
中には安全軽視のメーカーも
実は、国センは結果の公表に先だって評価対象となった6製品のメーカー/販売者を集めて説明会を実施した。試験で破損した車いす3製品のうち、カワムラサイクル(神戸市)はこの結果を受けて出荷検査時に後輪スポークの張力チェックを全数実施する対応をとった。しかし、他の2社は2020年4月時点で何ら対策を公表していないという。業界の中でも事業者によって品質管理や安全に対する意識にかなり温度差があるようだ。
福祉用具専門の評価機関である日本福祉用具評価センター(JASPEC)事業部部長の西山輝之氏は、「事業者は玉石混交」と明かす。近年、社会の高齢化に伴って大小様々な事業者が福祉機器業界に参入。車いすも軽量、コンパクトで安価な製品が強く求められるようになり、「『試験にコストをかけずに安くする』と開き直る安全軽視のメーカーもある」と同氏は嘆く。
実は、国センは2002年にも市販されている車いす6製品について同様の走行耐久試験を実施したが、軒並み途中で破損してしまう結果に終わった。JASPECはこの結果を受けて設立されたが、残念ながら業界内の改革はあまり進んでいない。
2011年に製品評価技術基盤機構(NITE)が実施した走行耐久性試験でも、やはり6製品中5製品が基準に達しなかった。冒頭の国センの調査からも、安全意識が甘い設計やずさんな品質管理の横行が透ける。自動車メーカーや家電メーカーではあり得ないレベルだろう。
車いす業界における品質管理は、西山氏いわく「各事業者のモラルに頼っている状況」。しかし、そこから脱却しない限り事故は防げない。業界団体が主導するなど、安全・品質に関する意識改革が求められる。
1)国民生活センター,『手動車椅子の破損に注意』,2020年3月19日.https://bit.ly/2XDvbXo
手動車いすの破損で消費者・事業者に注意喚起