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「トヨタ流人づくり 実践編 あなたの悩みに答えます」では、日本メーカーの管理者や社員が抱える悩みに関して、トヨタ自動車流の解決方法を回答します。回答者は、同社で長年生産技術部門の管理者として多数のメンバーを導き、その後、全社を対象とする人材育成業務にも携わった経歴を持つ肌附安明氏。自身の経験はもちろん、優れた管理手腕を発揮した他の管理者の事例を盛り込みながら、トヨタ流のマネジメント方法を紹介します。
悩み

最近、開発設計部門で計画通りに業務を進められないチームが出てきました。ついに新製品の発売が遅れ、販売部門からクレームを受けました。チームリーダーに開発期限を指示すると、特に何も言わずに承諾するのですが、いざその期日を迎えると開発が完了しておらず、遅れた言い訳を口にします。トヨタ自動車では開発期限を守るためにどのような工夫をしているのでしょうか。

編集部:開発設計部門には今、大きな負荷がかかっています。開発期限を守るのが難しくなりつつある企業は増えているのではないでしょうか。

肌附氏— 様々な会社の経営者や管理者と話していると、確かに開発設計部門の業務は大変になっていると聞きます。しかし、今と比べて「昔の方が楽だった」とは必ずしも言えないはずです。例えば、日本が高度経済成長期に入った時点でも、日本の自動車業界と米国の自動車業界を比べると、実力の差は歴然としていました。当時の日本は技術も産業基盤も発展途上で、その時に開発設計部門にかかっていた負荷は、現在以上に大きなものでした。

 それでも、私がトヨタ自動車に在籍していた間に、新しい開発プロジェクトの計画を遅らせたケースは1度もありません。

編集部:確かに、トヨタ自動車で新車開発が遅れたという話はあまり聞きません。なぜ、開発期限を守れるのでしょうか。

開発遅延が与える影響を「見える化」

肌附氏— 大部屋制や標準化、各種ツールの導入による効率化が開発期限の厳守に寄与しているのは事実です。しかし、最も大きいのは社員1人ひとりが持つ責任感でしょう。

 自動車ビジネスは、トヨタ自動車1社だけでは成り立ちません。新車の開発が遅れれば、予定通りに生産できなくなります。すると、工場はもちろん、社外の部品メーカーや設備メーカー、販売店、そして、もちろんお客様に至るまで非常にたくさんの人に迷惑を掛けてしまいます。そうした人たちの家族まで含めると、実に数十万人に影響が及ぶと言っても大げさではありません。

 それほど重大な仕事を担っているという事実を、トヨタ自動車の社員は教育や日ごろの業務を通じて管理者からたたき込まれているのです。つまり、開発遅延による負の影響の「見える化」が図られているというわけです。

 自動車は3万点以上の部品から出来ています。このうち、自分が担当する部品がたとえ1点だったとしても、その開発が遅れれば自動車全体の開発計画が遅延してしまいます。従って、トヨタ自動車の社員にとって開発期限の順守は至極当然であり、あえて上司が注意する必要はないほどです。

編集部:それでも開発に遅れが生じる場合はあると思います。そのとき、社内はどのような状態になるのですか。

肌附氏— 私がトヨタ自動車で働いていた時、開発計画に遅れた部品があっても、その担当者が上司から特に叱責されたり怒鳴られたりするのを見た経験はありません。ただし、言い訳は聞いてはもらえない。担当者はいわば「無言の圧力」を感じ、全力でリカバリーに取り組むしかありません。

 上司に怒られたり自分の評価が下がったりするのを恐れるからではありません。自分のせいでたくさんの人に迷惑を掛けたくないと思うからです。私が開発に遅れたとしたら、それこそ世界がひっくり返るくらいのプレッシャーを感じたと思います。

 ある新車の開発で新しい生産システムを導入した際、完全な稼働状態になかなか持っていけなかったケースがありました。計画の半分程度しか生産できない状態が何カ月か続いてしまった。この時の現場対応は脳裏に焼き付いています。

 この生産システムの開発を担当した部長や社員(以下、担当者)は、最初の1カ月の間、工場に泊まり込みました。生産システムに問題が生じたら直ちに復旧させる「現地・現物」のための行動です。それだけではありません。部長は自分の机を生産ラインの横に設置し、本来の事務所には3カ月間も戻ってきませんでした。現場で直接指揮を執るためです。部長や担当者が事務所に戻ってくると、役員が来て「現場にいきなさい」と一喝されてしまいます。

 その様子を目の当たりにした私たち技術者は、自動車開発の責任の重さを痛感しました。この事例は教育や上司からの言葉以上に、開発期限を守る責任の重さを私たちの心に植え付けたように思います。

編集部:開発に遅れが生じるのは、開発期間の設定に問題があるケースもあるのではないでしょうか。