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技術だけでは売れない

編集部:「技術の日産」のように、自慢の技術力の高さを前面に打ち出してアピールする企業もあります。

肌附氏—それも1つの開発方法であり、アピールの仕方だと思います。実際、日産自動車の技術力には私も現役の技術者だった時から一目置いていました。かつて私が「マークⅡ」のエンジンのシリンダーヘッドの生産技術に携わっていた頃に、競合車であり、とても人気のあった日産自動車の「スカイライン」を見て、「良いクルマだな」と感じたのは今でも覚えています。トヨタ自動車よりも日産自動車の方が技術力は上だと実感したことは1度や2度ではありません。

編集部:技術で劣っている点に関して焦りはなかったのですか。

肌附氏—もちろん、技術は優勝劣敗の世界ですから、ただ指をくわえて見ているわけにはいきません。私たちにも技術に関する競争意識はありましたし、常に世界一を目指して諦めずに開発を続けていました。その姿勢は今のトヨタ自動車でも変わらないと思います。でも、少なくとも私が現役の頃に日産自動車をはじめ、他社をライバル視してクルマの開発を進めたことはありません。

編集部:それはなぜですか。

肌附氏—「技術だけではクルマが売れない」ということを、私たちは知っていたからです。お客様は総合的に判断して購入するクルマを選ぶのだ、と。

 私たちも初めから分かっていたわけではありません。クルマを造っては販売するうちに体験的に学んだノウハウであり、教訓であるといえます。例えば、技術で勝るべくエンジンの馬力(出力)が競合車よりも大きいクルマを発売したことがありますが、あまり売れなかった。こうした失敗の経験を積み重ねながら、「結局、クルマというものはお客様に気に入られるものを、1台ずつ丁寧に造っていくことである」という、ごく当たり前のことに気付いたのです。

 私が「他社をライバル視してクルマを造ったことがない」と言うと、信じてもらえないことがあります。例えば、トヨタ自動車と日産自動車との間では、先述のマークⅡとスカイラインの他にも、カローラと「サニー」、「コロナ」と「ブルーバード」、「クラウン」と「フーガ」、「セルシオ」と「シーマ」など、これまで競合車種同士で激しいつばぜり合いを繰り広げてきたではないかと。

 しかし、私たちは日産自動車の競合車種の分析はしても、技術面での勝敗をターゲットにクルマの開発を進めたことはありませんでした。購入に際して競合車を比較検討して最終的にトヨタ車を選んでくれたお客様に、「競合車よりも性能が低いクルマ(トヨタ車)を買ってもらって、お客様に我慢を強いるのは申し訳ない」と考えていたのです。「無難だと思ってトヨタ車を買ったけれど、エンジンの性能が日産車よりも劣っていて、赤信号での停車時からの加速で負けるのはちょっとな……」と思っているお客様がいるかもしれないなど、私たちなりにお客様の立場に立ったつもりで技術を捉えて開発を進めていたのです。

品質基準が高い理由

編集部:無難というイメージは、品質の高さに裏付けられたトヨタ車の利点と感じます。

肌附氏—トヨタ車の品質が高いのも、何か特別なカラクリがあるわけではありません。品質に関する社内基準が厳しいからにすぎません。なぜ品質基準を厳しくするかといえば、高額商品であるクルマにお客様が乗り始めたらすぐに故障したというのでは、申しわけないと考えているからです。

 とがった技術だけを前面に打ち出して、それがたとえ大ヒット商品になったとしても、長続きはしないものです。常にお客様を見て、その期待を裏切らないクルマを愚直なまでに地道にコツコツと造り続ける。トヨタ車が売れるのは、こうしたクルマづくりをよしとする社風があるからに他なりません。売れ筋製品を生み出すための王道などないのです。

イラスト:高松啓二
イラスト:高松啓二
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肌附安明(はだつき・やすあき)
HY人財育成研究所 所長
トヨタ自動車にて約30年間にわたり、技術者として多くの新車プロジェクトで生産技術設計や生産設備の立ち上げ業務をこなす。その後、社員の人材育成や協力会社への育成指導、役員への企画提案を約10年間行った。2008年に同社を定年退社後、HY人財育成研究所を立ち上げ、人材育成や業務の進め方について講演・執筆活動を精力的に展開している。書籍に「トヨタで学んだ心 伝承塾【リーダー編】」「同【チーム編】」(共に日経BP)がある。