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クレーンの操縦席の椅子を交換した部長

肌附氏—ある工場の部長の事例です。生産技術部出身で、工場で働くのは初めてでした。にもかかわらず、いきなり500人もの部下を抱える立場になったのです。技術者上がりのいわゆるエリートで、工場で働く部下にどう接してよいか分からないと言うこの部長から相談を受けた私は、こう答えました。「部長とはいえ、工場のことはよく知らないのだから、知ったかぶりなどしない方がよいと思います。まずは工場の中を隅々まで見て回るのはいかがでしょうか」と。すると部長は私のアドバイス通り工場の巡回を開始しました。

 夏の真っ盛り、工場全体がうだるような暑さに見舞われていました。部長が何気なく目線を上げると、天井近くでクレーンを操縦している作業者がいました。「ここでさえ暑いのだから、天井付近で働く作業者はよほど過酷な暑さに耐えているに違いない」と感じた部長は、1人でクレーンの操縦席まで上っていきました。

 部長に声を掛けられて、驚いたのは作業者です。まさか部長がこんな所まで来るとは。あいさつしようと作業者が立ち上がったところ、部長の目は作業者が座っていた椅子にくぎ付けになりました。その椅子は、擦り切れてボロボロになり、クッションもなくなって内側の木材がむき出しになっていたのです。過酷な暑さの中、ボロボロの椅子に座って、文句一つ言わずに1人で黙々と働く作業者。こうした社員が会社を支えているという現実を、部長が初めて目の当たりにした瞬間でした。

 部長は私に電話をかけてきました。「そこにある一番良い椅子を1脚譲ってくれないか」と。私が椅子を用意すると、部長は自ら軽トラックを運転して椅子を工場に運んでいきました。工場に着くと、その椅子を抱えて狭い通路を通り抜けて階段を上り、クレーンの操縦席まで持っていって古い椅子と交換したのです。これが部長としての初仕事となりました。

 以後、工場の雰囲気はガラリと変わりました。「今度の部長は現場の人間の気持ちが分かる」と、作業者の間で評判になったのです。生産現場のやる気はみるみる高まっていき、効率や品質も向上しました。

 この部長のようなリーダーが、今こそ日本企業に必要だと思います。

イラスト:高松啓二
イラスト:高松啓二
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