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「トヨタ流人づくり 実践編 あなたの悩みに答えます」では、日本メーカーの管理者が抱える悩みに関して、トヨタ自動車流の解決方法を回答します。回答者は、同社で長年生産技術部門の管理者として多数のメンバーを導き、その後、全社を対象とする人材育成業務にも携わった経歴を持つ肌附安明氏。自身の経験はもちろん、優れた管理手腕を発揮した他の管理者の事例を盛り込みながら、トヨタ流のマネジメント方法を紹介します。
悩み

自動車部品メーカーで開発部門をマネジメントしています。従来のCASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)対応に、カーボンニュートラル(温暖化ガスの排出量実質ゼロ)への適応が上乗せされ、新製品開発のハードルが一気に上がりました。会社から与えられた目標を達成する自信がありません。マネジャーとしてどのように対処すべきでしょうか。

編集部:2021年4月末に菅義偉首相が、30年までの温暖化ガスの排出削減目標を13年度比で46%減にすると表明しました。従来の「2050年カーボンニュートラル」でさえ実現は難しいと言われる中で、製造業に追い打ちをかけるかのように高い脱炭素の条件が課せられました。技術者が受けるプレッシャーは、相当大きくなっているに違いありません。心が折れそうになっている人がいても不思議ではないと感じます。

肌附氏—知己の医師がこう言っていました。「医者は患者の病気を治すだけではなく、心まで健康にして退院させなければならない」と。確かに、診察して投薬などの治療を行うのは医師ですが、それだけでは治らない。患者と医師、そして看護師が1つのチームになって病と心に本気で向き合って、患者を治して差し上げるのだというのです。

 この医師は、患者の病気の治療はもちろん、心にまで手を差し伸べて病気と闘うモチベーションを高めることを大切にしています。ある患者は、がんの最終ステージで余命半年と宣告された後、7年もの間寿命を延ばし、親族の方からとても感謝されたといいます。心まで丁寧に診てモチベーションを上げれば、かなりの難局にも立ち向かえるという好例です。また、この医師は「残念ながら、自分にはこの患者を助けられなったけれど、親族の方の言葉に自分自身が救われた」と言っていました。

 この医師の考え方や姿勢は、製造業の管理者の「あるべき姿」だと私は感じました。

編集部:医師の言葉に心を打たれます。

肌附氏—その医師が行っているのは心の治療、すなわち「心のマネジメント」に他なりません。これまで何度も述べてきた通り、心のマネジメントはトヨタ自動車の管理者に求められる最も大切な条件の1つです。状況が芳しくないときや苦しいときこそ、管理者は部下に対して心のマネジメントを心掛けねばならないのです。

編集部:新型コロナウイルス禍でも好業績をたたき出し、被災した他社の支援にも回って生産再開に貢献する。こうした活動ができるトヨタ自動車の強さの源泉にも、心のマネジメントがあるのでしょうか。

肌附氏—私はそうだと考えています。歴代の社長はもちろん、私の上司も皆そうでした。私が管理者を務めたときも、最も大切にしたのが、部下に対する心のマネジメントです。

 改めて、心のマネジメントとは、仕事に対する部下のモチベーションを高めて、自発的かつ積極的に仕事に向かうように導くマネジメントをいいます。心の領域まで手当てすることで、部下の能力や実力を積極的に引き出し、最大限の成果が得られる可能性を高める方法といえます。

 挑戦的な技術開発の前に心が折れそうになっているメンバーがいたら、心に訴えかけてモチベーションを高める。そのための積極的な仕掛け作りが、管理者にとって重要な仕事となるのです。新型コロナやカーボンニュートラルの克服という難局にある今は、部下に対していつも以上に心のマネジメントができているか否かについて、管理者は気を配る必要があります。

編集部:心のマネジメントの大切さは、理解はできても具体的にどのようにしたらよいか分からないという人が多いかもしれません。事例があれば教えてください。