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「トヨタ流人づくり 実践編 あなたの悩みに答えます」では、日本メーカーの管理者が抱える悩みに関して、トヨタ自動車流の解決方法を回答します。回答者は、同社で長年生産技術部門の管理者として多数のメンバーを導き、その後、全社を対象とする人材育成業務にも携わった経歴を持つ肌附安明氏。自身の経験はもちろん、優れた管理手腕を発揮した他の管理者の事例を盛り込みながら、トヨタ流のマネジメント方法を紹介します。
悩み

中堅部品メーカーの技術部門で管理者を務めています。経営陣からの指示で、カーボンニュートラル(温暖化ガスの排出量実質ゼロ)の実現に向けて具体策を練っています。既に省エネ機器や再生可能エネルギーの導入などは進めており、いよいよ製品開発や生産技術面での取り組みが必要と感じています。しかし、難易度が高い上に費用負担も重すぎて、実現可能性に疑問を持っています。良いアドバイスはありませんか。

編集部:カーボンニュートラルの実現に向けて、日本の製造業は検討段階から実行段階に進み始めました。ただし、現在のところは比較的取り組みやすいものから着手しているという印象です。これから先はものづくりの“本丸”、すなわち製品開発や生産技術の面において二酸化炭素(CO2)の排出量を抑制する技術開発の段階に進まなければなりません。ところが、実現のハードルが一気に上がり、頭を抱えている日本企業は少なくありません。

肌附氏—確かに、難易度はぐんと上がります。従来の延長線上にはない、革新的な技術の開発をなし遂げなければならないからです。実は、この点について私は厳しい見方をしています。日本の個々の会社が独力でカーボンニュートラル対応技術を開発するのは無理ではないかと見ているのです。経営基盤の盤石な大手企業でも大変なのに、中小企業の多くにとっては、技術力的にも財務的にも不可能に近いほど難しいのではないでしょうか。

編集部:しかし、だからといって諦めるわけにはいきません。世界のカーボンニュートラルの流れが止まるとは思えませんから。

全員参加の協業モデル

肌附氏—日本には「3人寄れば文殊の知恵」という言葉があります。そう、1社だけで考えるのではなく、多くの企業が集まって共に知恵を絞り、みんなで協力し合ってカーボンニュートラル対応技術を生み出すのです。「全員参加の協業モデル」と言えば、分かりやすいかもしれません。

 この協業モデルでは、カーボンニュートラル実現に向けて技術面で共通の課題を抱えた企業がアライアンス(同盟)を組みます。異業種はもちろん、競合する企業であっても構いません。みんなで協力し、総合力で難局を乗り越えるのです。そして、完成した技術はどこの企業でも使えるようにします。つまり、開発した技術はアライアンスを組んだ全ての企業の共有財産というわけです。

 日本の業界団体や協力会の中でアライアンスを組んでも構いませんし、私は国が音頭をとってもよいのではないかとすら考えています。カーボンニュートラルというのは、日本の製造業にとってそれほど突破が難しい分厚い壁だからです。

編集部:競合企業同士で手を組むと、競争力の差がなくなってしまうという恐れはありませんか。

肌附氏—カーボンニュートラル分野のように地球全体の環境や人の命に関係する技術開発については、必ずしも日本企業同士の競争領域にする必要はないのではないかと私は考えています。ここでは競合企業であっても手を取り合って最高の技術を創り上げてハードルを越える。そして、別の領域で、これまで通り各社が創造力を発揮して付加価値を高めて競争する、というわけです。

 例えば、生産ラインの鋳造工程における消費エネルギーの多さに業界全体が悩んでいるとします。そこで消費エネルギーを半減する技術をその業界を構成する企業が皆で協力して開発したら、その業界全体でカーボンニュートラルに貢献できます。たとえその技術を全ての企業が使えるようにして差が付かなくなったとしても、製品(鋳造品)の機能や性能で各社が競争すればよいではありませんか。

 例えば、エンジンのシリンダーブロックであれば、軽量化や損失低減などで勝負するのです。さらに言えば、その上位システムであるエンジンの性能、例えば低燃費や排出ガスの低減、あるいはトルクや出力といった走行性能をつかさどる部分で競争すればよいという考え方です。