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「トヨタ流人づくり 実践編 あなたの悩みに答えます」では、日本メーカーの管理者が抱える悩みに関して、トヨタ自動車流の解決方法を回答します。回答者は、同社で長年生産技術部門の管理者として多数のメンバーを導き、その後、全社を対象とする人材育成業務にも携わった経歴を持つ肌附安明氏。自身の経験はもちろん、優れた管理手腕を発揮した他の管理者の事例を盛り込みながら、トヨタ流のマネジメント方法を紹介します。
悩み
開発部門の管理者を務めています。苦労して開発した新技術があり、なんとか実用化させたいと思っています。既存技術よりも性能も品質も上回るはずなのですが、量産の安定性については生産部門の知見に頼る必要があります。ところが、既存技術の量産の安定性が非常に高いことから生産部門が新技術の実用化に難色を示しています。新技術を実用化させる良い方法があれば教えてください。

編集部:せっかく新技術を開発しても実用化の壁を乗り越えられなかったという声はよく聞きます。新技術を量産に持ち込んで製品という形にするのは、新技術を生み出す以上に難しいというケースは結構あるのではないでしょうか。

肌附氏—私はトヨタ自動車で働いていた時に、技術的な新プロジェクトを成功に導く条件について分析したことがあります。最も重要な条件は「技術力を有すること」で、全体の4割程度を占めていました。この結果は想定通りでした。意外だったのは、「協力者の存在」です。この条件が技術力と同水準の割合を占めていたのです。逆に、新プロジェクトが失敗に終わったケースを調べると、あまり周りの協力を仰がずに、開発した本人やその部門だけで進めた割合が多いことが分かりました。

 いかに周囲の協力を得られるかが、新プロジェクトの成否を大きく左右していると分かり、驚いたのを覚えています。

編集部:新技術を実用化に結びつける鍵は、協力者をいかに確保するかにあると。

肌附氏—その通りです。失敗という結果になると、よく「技術的にうまくいかなかった」という理由が挙がりますが、実は社内の協力をもっと得られていれば違った結果になったケースは結構あるのではないでしょうか。そう考えると、新技術の実用化は、管理者が他部門からの協力をいかに取り付けられるかに大きく懸かっていると言っても過言ではありません。

編集部:事例があれば知りたいです。

肌附氏—高級車「レクサス」に搭載した主要部品の製造技術の事例があります。開発部がその部品を造る新たな製造技術を開発し、田原工場(愛知県田原市)で実用化したのです。

 新しい製造技術には、部品の強度と品質を同時に高める狙いがありました。ところが、量産技術としてものになる確信が得られませんでした。そのため、開発部から量産で使ってほしいと提案を受けた私たち生産技術部は反発しました。生産技術部は6割以上の確信がないと動こうとしないところがありました。現行の製造技術で問題なく部品を造れていましたし、何より失敗すると生産が止まる危険性があるからです。

 ところが、開発部の部長は諦めませんでした。何度も何度も生産技術部を訪れ、頭を下げて説明するのです。そしてある時、新技術を開発した担当者を連れて私たちの所にやって来た部長はこう言いました。「皆さんが忙しいのは十分承知していますが、少しでもスケジュールの空いている日はありませんか。その日に合わせて我々が実験を行いますので、それを見て生産技術部の観点から助言していただきたい。その助言を我々は全て受け入れます」。

 その上で次のように言って頭を下げました。「これはトヨタにとって従来にない挑戦です。レクサスで何としてもアピールしたいと考えています。実現すれば我が社に競争力をもたらすだけではなく、我々技術者にとっても成長の糧となると私は確信しています。ここで皆さんが受け入れてくれなかったら、レクサスのこの部品は別の方法で造ることになり、2度とこの技術が日の目を見ることはないでしょう」と。

 開発部の部長は、当時の私たちからするとエリートでした。その部長が何度も私たちに頭を下げてお願いするのです。その姿を見て、私たちも少しは話を聞いてあげようかという気持ちに傾いていきました。