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 前回(2019年11月号)は、炭素鋼にクロム(Cr)やニッケル(Ni)などを添加した合金鋼の中で、さびにくく汚れにくいという特徴を持ち、最も身近で使われる「ステンレス鋼」について解説しました。今回は、ステンレス鋼以外の合金鋼として「機械構造用合金鋼鋼材」と「高張力鋼(ハイテン鋼)」、「合金工具鋼鋼材」と「高速度工具鋼鋼材」を紹介します(表1)。

表1 合金鋼の種類と特徴
(出所:西村仁)
鋼種 特徴
ステンレス鋼(SUS材) 耐食性(さびに強い)
合金工具鋼鋼材(SKS材、SKD材、SKT材)、高速度工具鋼鋼材(SKH材) 耐摩耗性、耐熱性
機械構造用合金鋼鋼材(SCr材、SCM材、SNC材、SNCM材) 強度の向上、焼入れ性向上
高張力鋼(ハイテン鋼) 圧倒的な引張強さ
その他の合金鋼(ばね鋼、SUJ材) 広い弾性範囲や耐摩耗性

焼入れ/焼戻ししてこそ意味ある合金鋼

 産業用機械や輸送用機械の構造用部品などに使う材料を選ぶ際、まず炭素鋼を検討します。一般構造用圧延鋼材のSS400や、機械構造用炭素鋼鋼材で炭素含有量が0.45%のS45Cが代表品種です。これらでは強度(降伏点と引張強さ)が不足している場合、合金鋼の「機械構造用合金鋼鋼材」を検討します。ただし剛性、つまり力を加えた場合の変形量は、炭素鋼も合金鋼も同じです*1。変わるのは「強度」の降伏点(耐力)と引張強さになります。

*1 本コラムの第1回(2019年4月号)参照。

 鋼の強度は主に炭素含有量で決まります*2。実は、機械構造用合金鋼鋼材とS-C材の炭素含有量は同レベルです。では、なぜ合金鋼の強度は高いのでしょうか。ポイントは焼入れ/焼戻しの熱処理による効果の大きさにあります。

*2 本コラムの第6回(2019年9月号)参照。

 機械構造用合金鋼鋼材は炭素鋼にCrやNi、モリブデン(Mo)などを加えた材料です。これらの元素の存在が焼入れ/焼戻しの効果を増大させ、降伏点(耐力)と引張強さが大きく高まるのです(図1)。つまり、熱処理していない合金鋼の機械的性質は炭素鋼と変わらず、熱処理をしてはじめて高価な合金鋼を使う意味がでてくるのです*3

図1 合金鋼と炭素鋼の熱処理による強度変化のイメージ
図1 合金鋼と炭素鋼の熱処理による強度変化のイメージ
合金鋼では、焼入れ/焼戻しによって、強度(降伏点、引張強さ)が大きく向上する。(出所:西村仁)
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*3 一般に、「JISハンドブック」などで示されている機械構造用合金鋼鋼材の機械的性質のデータは、焼入れ/焼戻しを行った後の値。

 もう1つ、機械構造用合金鋼鋼材は「焼入れ性」が高いという特徴も持っています。焼入れ性とは、材料の大きさによって焼きが入る深さが違ってくる性質です。S-C材では、材料が大きいと熱量が多いので冷却スピードが遅くなり、中心部までしっかりと焼きが入りません。これに対して焼入れ性の高い機械構造用合金鋼鋼材では、大きな材料でも中心部までしっかり焼きを入れられます。これも、機械構造用合金鋼鋼材を使うメリットです。

 以上のように「強度を向上させたい場合」や「大きなサイズの焼入れ性を向上させたい場合」に、機械構造用合金鋼を用います(図2)。一方、材料コストは炭素鋼に比べて大きく上昇します。

図2 機械構造用合金鋼のメリット
図2 機械構造用合金鋼のメリット
構造部品の材料として炭素鋼ではなく合金鋼を使う理由としては、第1に強度の向上が挙げられる。(出所:西村仁)
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 機械構造用合金鋼鋼材は添加する元素の種類によっていくつかの種類があります。材料記号(JIS記号)は、「S」(Steel、鋼)の後ろに主要な元素記号が付きます(表2)。例えば、Crを加えたクロム鋼鋼材(SCr材)、CrとMoを加えたクロムモリブデン鋼鋼材(SCM材)があります。通称「クロモリ」です。Niを加えたニッケルクロム鋼鋼材(SNC材)、NiとMoを加えたニッケルクロムモリブデン鋼鋼材(SNCM材)などもあります。

表2 主な機械構造用合金鋼鋼材の化学成分と強度
JIS記号 主な化学成分(質量%) 降伏点
(N/mm2
引張強さ
(N/mm2
硬度
(HBW)
用途
炭素(C) ニッケル
(Ni)
クロム
(Cr)
モリブデン
(Mo)
SCr420 0.18

0.23
0.25
以下
0.90

1.20
830
以上
235

321
ベアリングや歯車、
ピンなど
SCM435 0.33

0.38
0.15

0.30
785
以上
930
以上
269

331
自転車のフレームや自動車部品など
SNC415 0.12

0.18
2.00

2.50
0.20

0.50
780
以上
235

341
車軸やシャフト、歯車など
SNCM439 0.36

0.43
1.60

2.00
0.60

1.00
0.15

0.30
885
以上
980
以上
293

352
ボルトやシャフト、自動車部品など
※ 主要な種類を抜粋。SI、Mn、P、Sの化学成分は省略。機械的性質は焼き入れ/焼き戻しでの参考値。JIS G 4035参照。

 SCr材はベアリングや歯車、ピンなどの小物機械部品に使われます。SCM材はSCr材よりも焼入れ性に優れています。靭性も増すので自転車のフレームや自動車部品、六角穴付きボルトなどにも使われます。

 SNC材はNiを加えて粘り強さを向上させた材料です。車軸やシャフト、歯車などに使われます。SNCM材はMoを添加して焼入硬化性と靭性を高めており、機械構造用合金鋼の中で最も機械的性質に優れた材料です。ただし、コストは最も高くなります。

 Niが入ったSNC材とSNCM材は比較的高価です。そのため、まずはSCM材やSCr材などの使用から検討し、それでは設計条件を満たさない時などにSNC材とSNCM材の使用を検討するのがセオリーです。