カーボンニュートラル(温暖化ガス排出量実質ゼロ)を実現するためには自動車もエネルギーも「全方位」の開発が必要だ。「日経クロステック ラーニング」の「脱炭素時代の自動車戦略2022 日欧米中の戦略とあるべき戦略」の講師である藤村俊夫氏はそう訴える。そのために必要な戦略とは何か。藤村氏に聞いた。(聞き手は高市清治、コヤマ タカヒロ=フリーランスライター)
2050年のカーボンニュートラル実現に向けて、国や自動車メーカーが優先的に取り組むべきことは何でしょうか。
藤村氏:自動車の電動化については、欧州のように顧客に負担を強いるEV推進に偏るのではなく、ハイブリッド車(HEV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)、燃料電池車(FCV)も含めた全方位開発を進めるべきです。
ただし、クルマの電動化だけでカーボンニュートラルが実現できるわけではありません。カーボンニュートラル燃料の普及も必要です。開発が進んでいるe-fuel(合成燃料)や微細藻類バイオ燃料などの供給量拡大とコスト低減を進める必要があります。自動車の電動化とカーボンニュートラル燃料の開発を並行して進める必要があります。
何よりもカーボンニュートラル実現を急ぐ必要があるという危機感を持つ。これに尽きます。
どんな点に注意すべきでしょうか。
藤村氏:例えば、保有台数に対する視点が欠けています。自動車の二酸化炭素(CO2)削減は、新車だけではなく既販車も含めた保有車が対象です。既販車のCO2削減も進めなければ、2030年の目標達成は困難です。
2021年時点で自動車は、世界に12億台程度あります。それに対して年間販売台数は8000万台。日本の保有台数は7800万台程度で、年間販売台数は400万台です。仮に日本で販売される新車が2022年からすべてEVになったとしても、2030年までに売れるEVは8年間で3200万台。保有台数の41%程度です。どうあがいても自動車がすべてEVに入れ替わるとは考えられません。
最大限に見積もっても保有台数の41%にしかならないEVですら、WtW*1、LCA*2でのCO2はゼロではありません。このような理由から、EVを必死で販売してもCO2の45%削減は無理なのです。
Well to Wheel。油田での原油採掘からタイヤを駆動するまでのCO2排出量の評価。
Life Cycle Assessment。原料採掘から製造、使用、リサイクルなど全段階での環境負荷の評価。
加えて、ロシアのウクライナ侵攻により、エネルギー調達が不安定化しており、欧州各国のリーダーはEV用のグリーン電力の調達について懐疑的になっています。グリーン電力の供給が伴わなければ、電力を消費するEVの普及によるCO2排出量削減も難しくなります。
HEVなどを含めた電動自動車の全方位開発と、既販車のCO2排出量削減に効果があるカーボンニュートラル燃料開発を同時進行で進めなくてはいけないのは自明なのです。WtW、LCAの観点で電力の排出係数も考慮したうえで、CO2削減に効果のある電動化自動車を全方位で開発して導入拡大を進めるべきです。
カーボンニュートラル燃料の開発も必要
産業革命以降の世界の平均気温上昇は1.5℃以下に抑えるためには、「2030年までに2010年比で45%削減」という目標を実現する必要があります。そのためには、大半がエンジン車とHEVが占める既販車について、ガソリンスタンドでガソリンあるいは軽油に、e-fuelや微細藻類バイオやなどのカーボンニュートラル燃料を混合(ドロップイン)して、保有車全体のCO2削減を進める必要があります。
カーボンニュートラル燃料の製造に関しても供給量とコストダウンの観点で課題はあります。しかし、電力の排出係数低減や再生電力量の拡大余地、電池のエネルギー密度改良に関してはさらに多くの課題があり、数年では解決できません。2030年以降、電動化自動車でEV、HEV、PHEV、FCEVのどれが主流になり得るかは、グリーン燃料やグリーン電力、電池性能、車両コスト、CO2排出量、顧客への負担の程度などの動向で決まります。自動車業界はエンジン車を含め電動化自動車の全方位開発を進め、石油業界はカーボンニュートラル燃料の開発を加速しなければなりません。
日本でカーボンニュートラル燃料の必要供給量を確保できなければ、海外にオフグリッドプラント*3を設置し、そこで製造して輸入すればいい。グリーン電力は輸入できませんが、グリーン燃料なら輸入できます。そのためには日本に数多く存在する、プラント製造に関する技術を持つ企業の技術力を活用する必要があります。
太陽光や風力などの自然エネルギーを主電源とするなど、CO2を排出する化石燃料に頼らないプラント。