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 「入社3年目から9年目くらいの、工場の現場がかなり分かってきた若い方、というのが受講者の想定イメージ。実際にそれに近い方々に集まってもらえた」(慶應義塾大学環境情報学部教授の田中浩也氏)。慶應義塾大学SFC研究所ソーシャル・ファブリケーション・ラボは、同大学藤沢キャンパスで「第1回ファクトリー・サイエンティスト育成講座」を2019年8月下旬に4泊5日の合宿形式で実施した(図1)。受講者が職場で持っている課題に近いテーマを設定して、それに応じてセンサーで振動などのデータを取得して表示・分析し、対応策を検討するまでの一連の作業を体験する内容だ*1

図1 ファクトリー・サイエンティスト育成講座(2019年8月開催)
図1 ファクトリー・サイエンティスト育成講座(2019年8月開催)
センサー、マイコンボード、クラウドサービスなどを使ってデータを可視化する実習の様子。(写真:日経ものづくり)
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*1 平成30年度経済産業省「産学連携デジタルものづくり中核人材育成事業」にて開発したカリキュラムに基づいている。今回の育成講座は、主催が慶應義塾大学SFC研究所ソーシャル・ファブリケーション・ラボ、監修が由紀精密、協賛が由紀ホールディングス、ローランド・ベルガーという体制で実施した。経済産業省は講演者としても名を連ねる。

 講座はセンサー、マイコンボード、3Dプリンター、BI*2ツール、クラウドサービスなどを使っての実習を含む。目的はツールの使い方の習得ではなく、作業を通してIoTの役立たせ方を体感すること(図2)。成果について、プロジェクト推進グループの1人であるローランド・ベルガー(本社東京)代表取締役社長の長島聡氏は「受講者は、ものづくりのコストを下げたり品質を上げたりといった、経営に直結するテーマを設定して実習を進めており、経営者に提案できる感触を持てたと思う」と述べた。

図2 育成講座の実習内容
図2 育成講座の実習内容
データを可視化する体験を得て、かつ次のアクションにつなげるところまでを一区切りと考えている。(日経ものづくりが作成)
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*2 BI
ビジネス・インテリジェンス。企業が自社に関する様々なデータを収集・蓄積して分析し、業務上や経営上の決定に利用する行為や手法。

現場に1人知っている人がいれば

 「ファクトリー・サイエンティスト」は、同育成講座のプロジェクトに携わる田中氏と由紀精密(本社神奈川県茅ケ崎市)代表取締役社長の大坪正人氏らによる造語*3。工場における課題を科学的知見に基づいて解決していく人材を意味する。その課題解決の手段として近年極めて有効な手段になったのがIoT、すなわちデータの取得と分析による現状把握と対応策の検討である。

*3 今回、育成講座の最終日に実施した受講者グループによるプレゼンテーションには、慶應義塾大学環境情報学部教授の田中浩也氏、ベッコフオートメーション(本社横浜市)代表取締役社長の川野俊充氏、由紀精密代表取締役社長の大坪氏、ローランド・ベルガーの長島氏の4氏がコメンテーターとして参加した。

 ところが大坪氏によれば、IoTを扱える人材が中小企業にいないのが問題という(別掲記事参照)。「私たち中小企業は現場の課題は分かっていても、IoT化に当たって外部のベンダーにお願いする際にどういう仕様にすればよいのかが的確に言えない。『このようなパッケージがあります』と提案されても、自社にマッチしているかを見極める目がない。提案のままではとんでもない見積金額になってしまう場合もあり、『分かっている人が1人いればこうはならないのに』というケースが多い」(大坪氏)。

 そこで「工場の現場で日々課題を感じている人に、関連する物理量をセンシングし、それをクラウドに上げて分析し、経営層に見せてマネジメントに使ったり、課題の対応策を検討したりするまでの一連のループを体験する」(同氏)機会の提供が、同育成講座の目的。簡単なIoT応用システムを安価なツールやサービスの組み合わせで自ら作り、難しい場合は外部の誰に何を頼めばよいか判断できる人材を増やすのが狙いだ。

 育成講座のカリキュラムでは、多種多様で膨大なデータを長期間にわたって収集するのは不可能なため、いわゆるビッグデータを使った分析までは含まない。今回は初級編の位置付けであり、中級編、上級編は今後作っていく方針という。ただし、初級であってもBIツール(「PowerBI」)でデータを可視化するスキルは必須と考えている。

 ポイントは「次の改善アクションの見極め、例えば経営者にプレゼンできるところまで」(ローランド・ベルガーの長島氏)を含めて考えること。「興味本位で機械の振動をとりあえず見たい、といった話も悪くはないが、見える化して何をやるかという目的意識が重要。その過程でIoTは単なるツールとしてうまく使えばよい」(同氏)。