全3919文字
PR

 金属とプラスチックの接合技術は改良が続く。その1つが、温度変化による膨張・収縮の差や、弾性率の違いによる変形の差を吸収できる緩衝層だ。接合界面にかかる応力を分散できるので、局所的に少しずつ接合が壊れる事態が生じにくいのも長所だ。

 数十μm以上と比較的厚みがあり、かつ変形する緩衝層を設ける接合技術は、接合強度の絶対値が他の接合技術に比べて見劣りしていた。ところが最近は開発が進み、接合強度が向上して、実用化へ大きく近づいている。

PA系の粉体塗装技術を応用

 ダイセル・エボニック(本社東京)はポリアミド(PA)系の粉体を塗装する技術を発展させ、金属とPAを接合するポリマー「MENDEX」を開発した。既に採用に向けてユーザー企業と打ち合わせを進めている段階だという。大面積での接合に向いており、温度変化や外力による変形に強い特徴がある。接合界面にポリマーによる接合層を形成する技術だ。

 接合工程は、金属表面にMENDEXを塗布し、熱をかけて塗膜として固定する。この状態は、塗装したのと同じであり、金属表面が保護されているので長期保管が可能。必要に応じて曲げなどの2次加工を施せる。その上でPAをインサート成形でオーバーモールドすると、MENDEXとPAが相互に架橋して接合する(図1)。

図1 MENDEX(ダイセル・エボニック)での接合工程
図1 MENDEX(ダイセル・エボニック)での接合工程
金属表面に粉体塗装で接着性パウダーの層を作り、射出成形などでプラスチック部を形成する。(ダイセル・エボニックの資料を基に日経ものづくりが作成)
[画像のクリックで拡大表示]

 ISO19095の引っ張り試験片による接合強度は約25MPa。ドイツ・エボニック(Evonik)が開発した同様の方式のポリマーで、MENDEXの“前身”に当たる「VESTAMELT Hylink」が約13MPaだったのと比べ、接合強度を約2倍に高めた。

緩衝層が線膨張係数の差を吸収

 接合強度試験の結果を見れば、もっと値が高い接合方法は他に多数存在する。しかしMENDEXの強みは、接合面に存在する約100μm厚の接合層だ(図2)。この層によって、温度変化による金属とプラスチックの膨張収縮度合いの差(線膨張係数の差)や、接合部に外力がかかったときの変形量の差(弾性率の差)を吸収し、初期に得た接合強度が低下するのを防ぐ。接合層と金属側は電子のやり取りを伴う酸-塩基結合、接合層とPAは化学反応(架橋反応)と、いずれも化学的に強く接合しているという。

図2 緩衝層のある接合の断面
図2 緩衝層のある接合の断面
接合層が金属、プラスチック両方に化学的に結合するとともに、両者の膨張収縮の差を吸収する。(出所:ダイセル・エボニック)
[画像のクリックで拡大表示]

 同社はこれまで、エボニックのVESTAMELT Hylinkによる接合を日本国内で紹介していた(図3)。VESTAMELT Hylinkはメルセデスベンツの「クラスA」でクロスカーメンバーの製造に採用された実績がある。しかし国内の自動車メーカーや部品メーカーでは同様の部品を使う開発企画がなく、他の部品への転用を考えた顧客自動車メーカーから、「接合強度の向上」「耐熱性の高いグレードのPAの接合」「塗装(カチオン電着塗装)を施した金属に対する接合」、などの改良要望を得た(総論参照)。そこでダイセル・エボニックが日本国内向けに新規に開発したのが、VESTAMELT Hylink同様の仕組みながら接合強度を約2倍に高めたMENDEXだ。

図3 接着性PAによる接合例
図3 接着性PAによる接合例
「VESTAMELT Hylink」(ドイツ・エボニック社)による部品の構成例。メルセデス・ベンツ「Aクラス」のクロスカービームでの実績がある。ダイセル・エボニックはこの技術を見直し、接合強度を2倍に強化した粉体塗装用パウダー「MENDEX」を開発した。(写真:ダイセル・エボニック)
[画像のクリックで拡大表示]

 VESTAMELT Hylinkにおける緩衝層の効果を、アンカー効果による接合技術との比較で確かめた実験がある(図4)。ISO19095タイプBによる引っ張り強度試験片は、金属とプラスチックが接する部位の大きさが幅10mm、長さ5mmと小さい。この幅を10mmに保ったまま、長さを40mmまで変えて実験すると、VESTAMELT Hylinkではほぼ長さ(接合面積)に比例した力に耐える。しかし、ここで実験したアンカー効果による技術では、接合面積の拡大による効果が頭打ちになり、長さ40mmではHylinkが逆転した。

図4 緩衝層の有無と接合面積
図4 緩衝層の有無と接合面積
緩衝層があると接合面積にほぼ比例して大きな力に耐えられるが、緩衝層がない場合は接合面積の拡大による強化効果が頭打ちになる。(出所:ダイセル・エボニック)
[画像のクリックで拡大表示]

 この理由についてダイセル・エボニックは「実験対象にしたアンカー効果による技術では応力が接合部位の端部に集中し、接合面積が増えても応力が分散せず、端から切れていくのではないか。コンピューターによるシミュレーションでもそのような結果を得た」(同社テクニカルセンター所長の六田充輝氏)と見ている。

 温度変化などによる金属とプラスチックの変形の差についても同様に、1カ所に応力を集中させずに済むのが緩衝層の強みになる。