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 聖火にふさわしいのは赤々と長く鮮やかに延びる炎。この炎と、風雨に対する消えにくさを両立してほしい─というのが東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の要請だった。例えば、高温の青い炎は風雨に強いが、それでは聖火として不適格。新しく開発した聖火リレー用トーチ*1は、トーチ自体の美しさ(「挑戦者」を参照)に加え、日本企業が持つ高い技術力を結集して炎の見た目と強さを両立した(図1)。

図1 東京オリンピック聖火リレー用トーチ
図1 東京オリンピック聖火リレー用トーチ
アルミ合金の押し出し成形によるきょう体に、消えにくい炎を出す燃焼ユニットを組み込んだ。トーチの全長は710mm、質量は約1.2kg(うち0.2kgは燃料ガスとガスカートリッジ)。(写真:早川俊昭)
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*1 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の正式名称は「東京2020聖火リレートーチ」。

雨でも風でも消えずに燃え続ける

 その結果、聖火リレー自体を実行できないような暴風雨でも消えない炎を実現した(図2)。例えば、雨に対する要求仕様は、1時間降水量50mmに相当する強さの雨に耐えること〔図2(a)〕。50mmとは、「バケツをひっくり返したような」と形容される雨だ。このような雨の中でも、燃焼部の頂部にある金網(白金製)が雨をはじき返しているように見える。

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図2 雨・風・気温変化で安定して炎を出すための試験
図2 雨・風・気温変化で安定して炎を出すための試験
1時間降水量が50mm以上の雨、風速17m/秒以上の風に耐える他、暑くても寒くても同じように炎を出す温度安定性が求められる。(a)は雨にさらす試験で、近くで見ると燃焼ユニットの頂部の白金製ワイヤーが雨粒を跳ね返すように見える。(b)は風にさらす試験で、炎が下方にも潜り込む。(c)温水(約40℃)にガスカートリッジを浸した状態で炎の長さを確認する試験。氷水(約3℃)で炎が短くならないと確認する試験も実施している。トーチのきょう体は着色していない実験用のもの。(写真:早川俊昭)
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 風速は秒速17mでも消えないという要求仕様〔図2(b)〕。台風なら強風域に相当し、空港ではこれだけの横風があったら滑走路が閉鎖になるレベルの風速である。燃焼ユニットを担当した新富士バーナー(本社愛知県豊川市)は、「もともと野球部の室内練習場だったスペース」にこれらの雨や風を再現する装置を導入し、開発に当たった。雨も風も、実際には要求仕様より過酷な条件でも耐えるという。

 さらに、気温が高くても低くても、トーチから延びる炎の長さが300~400mmで変わらないようにした*2。聖火リレーがスタートする3月下旬の福島県の平均気温は約7℃で、もっと寒くなる日がある。一方でゴールは7月の東京であり、一転して40℃近い猛暑の可能性がある。この環境の変化で聖火の見え方が変わってしまうと、「寒冷地用トーチ」「温暖地用トーチ」などを分けて用意しなければならなくなる。実際には、1種類のトーチでどちらもカバーする。

*2 炎の長さは、火の付いたトーチを仮に下に向けても炎がランナーの手まで届かず火傷を起こさない、という安全性も考慮して決まっている。

 以下、これらの機能を実現したトーチの構造やものづくりについて見ていく。