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1 低迷の経緯

 優れた金属加工技術を持つ工場がある。これをH工場と呼ぼう。H工場の歴史は長く、先人が苦労して積み上げてきた加工技術のおかげで、業界内の評判は高い。一方で、その長い歴史故の弊害も生じていた。

 H工場では、伝統的に従業員の経験を重んじていた。経験年数の長いベテランほど知識が豊富で、技量も高いからである。そのため、社内では明確な上下関係があった。例えば、各製造課では課長の言うことは「絶対」である。若手や中堅社員が、年上の課長の考えや意見に異を唱えることは、許されなかった。

 そのH工場にとって大きな転機になったのが、社長の交代である。先代社長は会社を自ら興し、現場で腕を磨きながら、H工場を一から創り上げた傑物だった。当然ながら多くの従業員が先代社長の技術と人柄に一目置いていて、社内ではカリスマ的な存在だった。その先代が高齢のため、社長の座を息子に譲ったのである。

 若くして社長となった息子は、別の大手の金属加工会社で20年ほど修行を積んでいた。現場経験も豊富で、先代に劣らず確かな技術を身に付けていたのである。そんな若社長の眼には、H工場がさまざまな問題を抱えているように映った。例えば、生産規模が拡大しているにも関わらず、組織運営の手法が昔ながらの町工場と同じに見えた。部長や課長といった管理者たちが、部下たちに根性論を振りかざしていたのである。

 先代社長は自身が高い技能を持つ職人だったこともあって、難局を「気合」と「根性」で乗り越えるタイプの人柄だった。それは、先代社長の部下だった多くの管理者も同じである。社内はすっかり社長の意向を忠実に実行する雰囲気に染まっていた。

 これに対して若社長は、「ボスが君臨する町工場」から、「組織として仕事ができる工場」への変革を目指そうとした。そのため、先代社長とは違って細かな指示はせず、大きな目標や方向性を示し、詳細は管理者に委ねるようにしたのである。

 ところが、H工場は先代による上意下達の文化にすっかりなじんでいた。管理者たちは上からの指示について自らの考えを整理することに慣れておらず、部下への丸投げが横行したのである。

 部下にしてみれば、たまったものではない。上司から漠然とした課題を投げつけられ、アドバイスも得られない。上司からは、「あの件はどうなった?」と細かく追い立てられるだけ。部下は嫌気がさし、優秀なはずの現場の雰囲気は、すっかり冷え切ってしまった。(図1)。

図1 現場の雰囲気が冷え切った工場
図1 現場の雰囲気が冷え切った工場
上からの指示を丸投げする管理者に対して、部下は嫌気がさしてしまった。(イラスト:ヤミクモ)
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