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 新型コロナウイルス感染症(COVID-19、以下、新型コロナ)の第2波が落ち着き始めた2020年秋以降、製造業での中・長期的なデジタルトランスフォーメーション(DX)の動きが目立ち始めた。例えば、カシオ計算機は新たな生産改革を21年4月に実施すると公表。富士通は自社のDXプロジェクトについて20年10月に明らかにし、その数日後にファナックやNTTコミュニケーションズと共同で製造業に特化したクラウドを運営する新会社DUCNET(東京・大田)の設立を発表した。

 オンラインでのリモートワークやサービス提供といった感染対策のDXに加えて、新型コロナ後の社会を見据えた中・長期的な改革が始まっているのだ。三菱総合研究所デジタルトランスフォーメーション部門企業DX本部製造DXグループリーダー主席研究員の小橋渉氏は「潮目が変わった。企業は変化への機敏な対応(レジリエンス)が以前にも増して必要になっている」と言う。新型コロナ以前の業務効率化や利益拡大のためのDXは、安定した社会状況を前提にしていた。ところが今、その基盤が大きく揺らぎ、変化への対応力の優先順位が大きく上がっているのである。

リードタイムの長さが顕在化

 カシオ計算機執行役員生産本部長の篠田豊可氏は、新型コロナ第1波の際の混乱と対応についてこう話す。「店舗の閉鎖などで商品が全く売れなくなった。あわてて生産を抑えて在庫の拡大を防いだが、全部手作業だった」。

 そこで顕在化したのは、同社が30年にわたって生産活動の基本としてきた製造リードタイム(生産計画確定から製造までの期間)である「3カ月」の意味だった。

 新型コロナ以前、3カ月というリードタイムの長さに事業を進める上での不都合はなかった。しかし新型コロナ第1波の影響で製品がさっぱり売れなくなったという情報が入り始め、その状況が長引くと明らかになった時点で生産計画を縮小しても、工場からの出荷が減るのは3カ月後まで待たなくてはならない。それを防ぐべく同社は生産計画のキャンセル作業、すなわち自社工場や600社弱に及ぶ部品サプライヤー、関連部門などとの調整を実行した。だが、仮にキャンセルできずに売れない製品の在庫を積み上げ続けるとしたら、3カ月はいかにも長い。

 そこでカシオ計算機は、新型コロナ後の社会ではリードタイム3カ月は長すぎると結論付けて短縮を決断した。短ければ短いほど良いともいえるが、サプライヤーからの部品確保などに必要な期間を考え、新たな製造リードタイムを2カ月と定めた。この目標に向けて同社は現在、改革を進めている(Part2参照)。

 カシオ計算機はもともとITシステムの導入や業務の電子化に積極的だった。ERP(Enterprise Resource Planning)による基幹システムも早期に導入している。それでも、リードタイム2カ月という明確な目標を立てるには、新型コロナ第1波の痛烈な経験が必要だった。

 こうした改革にはITによる事業変革、すなわちDXが必要だ。新たな目標に沿ったITシステムの構築には「それほど費用はかからなかった。基幹のERPシステムと連携するシステムの改良で済んだ」(篠田氏)。普及によって安価で手軽に利用できるようになったITが、DXを後押ししているのである(図1)。

図1 コロナ後のデジタルトランスフォーメーション(DX)
図1 コロナ後のデジタルトランスフォーメーション(DX)
予想もしない変化が起こり得ると分かり、業務の効率化よりも変化への対応がDXの優先目標になってきた。一方でITが手軽に利用できるようになり、以前ほど費用をかけずにさまざまな情報の活用やアナログ作業の効率化が可能になった点がDX導入の追い風になっている(出所:日経ものづくり)
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