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低コストと高い信頼性、そして柔軟性という3つの柱を高いレベルで実現するため、H3ロケットではさまざまな新技術を導入している。それは、新開発のメインエンジン「LE-9」を中心に、機体の各所に見て取れる。組み込まれた機器だけでなく、その製造方法、さらに打ち上げを実施する射場でもH3は従来と一線を画す。

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PICKUP_01
メインエンジン 「LE-9」
熱効率の向上で「エキスパンダー・ブリード・サイクル」の大型エンジンを実現

 H3の第1段メインエンジンとして新規開発した「LE-9」は、推力100tf(約980kN)クラスの大型液体ロケットエンジンとしては世界で初めて「エキスパンダー・ブリード・サイクル」と呼ぶ燃焼サイクルを採用した。エキスパンダー・ブリード・サイクルは推力30tf(約284kN)以下の推力のエンジン向きで、100tf以上の推力を必要とする第1段エンジンには向いていないとされてきた。それをJAXAと三菱重工業は全体システムを見直すことで通説を覆した。

 液体ロケットエンジンは、ターボポンプで液体推進剤を燃焼室に吹き込んで燃焼させ、推力を得る。このため、ターボポンプを駆動する高温ガスを別途必要とする。燃焼時に高温になる燃焼室やノズルの外壁内部に推進剤を循環させて冷却を行うと共に、気化した高温ガスでターボポンプを駆動する方式を「エキスパンダー・サイクル」という。その中で、ターボポンプ駆動後のガスをノズルなどから捨てる方式をエキスパンダー・ブリード・サイクルと呼ぶ。

図 LE-9実機型エンジンの燃焼試験
図 LE-9実機型エンジンの燃焼試験
燃焼室壁面から得る熱エネルギーを高効率でターボポンプの仕事に変換することが、LE-9実現のカギだった。(出所:JAXA)
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 エキスパンダー・サイクルは、ターボポンプ駆動用の高温ガスを発生させるためだけの燃焼室が不要になるので部品点数が減り、コストダウンできる。どこが破損しても爆発には至らず安全性も高い。その半面、高温ガスを発生させる熱エネルギーを壁面からの吸熱で得るため、壁面の面積で推力の上限が決まる。

 従って大推力のエキスパンダー・サイクルのエンジンでは、燃焼室壁面から得る熱エネルギーを、いかに効率良くポンプの仕事に変換するかが実現のカギとなる。LE-9エンジンでの工夫は大別して、[1]従来よりも長く表面積の大きな燃焼室を採用すると同時に、長大な燃焼室を安定して造るための製造方法を開発[2]燃焼室壁面における吸熱の効率を向上[3]ターボポンプにおけるタービンとポンプ双方の効率を向上、の3つである。

 ロケットエンジンの燃焼室は、熱伝導性の良い銅製の内筒と強度を受け持つ外筒で構成され、内筒側に推進剤の流路を彫り込んで形成する。長大な内筒は一体で成形する必要がある。LE-9では均質な内筒を製造する方法を開発した。また、燃焼室内の燃焼状態を高精度で推定するシミュレーションを開発して、燃焼時の燃焼室内壁面温度が可能な限り均一かつ安定する条件を見いだした。壁面温度が均一になると、壁面全体の温度をぎりぎりまで上げることができるので、吸熱効率が向上する。

 ターボポンプの設計にあたってはエンジンシステム設計からの要求に応じてターボポンプを設計し、ターボポンプ側からの要求でシステムを調整するという従来の開発手法を一新。最初にエンジンシステムとターボポンプとの関係を整理し「エンジンシステムからこの要求が来るとターボポンプにはこのような性能が必要となる」というデータをインターフェースとして整理し、その上で設計を詰めていく手法を採った。また、高効率を必要とするタービンやポンプのインペラーなどの要素部品は先行して試作し、部品単体での試験を実施して設計にも必要となるデータを取得することで、開発時のトラブルが起きにくくした。