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出所:東京電力ホールディングス
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 未曽有の原子力災害となった福島第1原子力発電所の事故。想定を超えた巨大地震と津波が襲ったとはいえ、なぜ炉心溶融(メルトダウン)にまで至ってしまったのか。事故の経緯をあらためて振り返る(図)。

図 事故の経緯
図 事故の経緯
(東京電力の資料などを基に日経ものづくりが作成)
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 2011年3月11日午後14時46分、東北地方を中心にマグニチュード9.0の地震が東日本を襲ったとき、福島第1原発では、6基の沸騰水型軽水炉のうち1~3号機が稼働中だった*1

*1 残る4~6号機は定期検査中のため運転を停止していた。5号機と6号機に関しては、3月19日にディーゼル発電機による電源が確保され、冷却機能が回復。3月20日には冷温停止状態になった。

 地震発生直後に、1~3号機の炉心には制御棒が挿入されて緊急停止(スクラム)した。直後に送電設備の破損で同発電所への外部からの給電は絶たれてしまう。しかし、すぐに非常用ディーゼル発電機(DG)が自動起動した。

 稼働中だった1~3号機は、運転停止後も崩壊熱の除熱のために炉心を冷却し続けなくてはならない。そのため、同原発に限らず全ての商業用原発は複数の冷却機能を準備している。例えば、1号機は、電源を必要としない非常用復水器(IC)や、高圧注水系(HPCI)という冷却機能を備えていた。ICは原子炉圧力が上昇した場合に、炉内の蒸気を導いて水に戻し、炉内の温度と圧力を下げる。HPCIは圧力容器内の高い蒸気圧を利用してタービンを回し、ポンプを駆動して冷却水を注入する。地震直後はこれら非常用冷却系が正常機能していた。