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 2022年1月に茨城県筑西市での開館を目指している「科博廣澤航空博物館」で、零(れい)式艦上戦闘機〔(零(ゼロ)戦〕の修復作業と展示準備が終盤を迎えている*1。この零戦は東京・上野の国立科学博物館に20年7月まで展示されていた機体で、分解されて科博廣澤航空博物館に運ばれた後、再び組み立てられた(図1)。かつての日本の航空機技術の高さを示す零戦。いかにして産業遺産としての価値を損なわずに修復するか。現場では慎重な作業が進められた。

*1 新型コロナウイルス感染症の影響により開館時期は未定。
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図1 科博廣澤航空博物館で展示準備中の零式艦上戦闘機
機体の外観(a)と操縦席(b)。国立科学博物館が所有する機体で、1972年に南太平洋のニューブリテン島沖の海中で発見された。エンジンは起動せず、飛行はできない。(撮影:柴 仁人)

当時はなかったプラスねじ

 「まずは機体のどの部分がオリジナルなのかを見極める必要があった」─。こう苦労を語るのは、零戦の修復を担当する、国立科学博物館産業技術史資料情報センター長の鈴木一義氏である(別記事を参照)。

 科博廣澤航空博物館に持ち込んで修復することになったのは、長年の展示で機体に劣化が生じていたからである*2。加えて、以前の修復では考証が足りず、実際とは異なる部品を使って修復した箇所が幾つかあり、それを修正するという狙いもあった。例えば「当時はなかったプラスねじが使われていた」(鈴木氏)。そこで同氏らは、今回の分解・再組み立てをきっかけに、できる限りかつての状態に戻そうと試みている。

*2 国立科学博物館の所有になったのは1975年。

 だが、その修復の現場に立ちはだかる1つの壁があった。それは、そもそも戻すべき「かつての状態」とは何なのか、いつの状態を「オリジナルの零戦」であると考えればよいのか、という問題である。