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材料を使うメーカーにとっても避けては通れないバイオシフト。しかし、バイオプラスチックがあるからといって、石油由来の材料を単純に置き換えられるわけではない。まだまだ高いコストをどう抑えるか、バイオプラスチックならではの特性をどう生かすかといった使いこなしの技が求められる。

 三菱ケミカル 
高意匠生むバイオPC、自動車部品で採用増

 スズキが欧州市場で販売するSUV(スポーツ多目的車)の新型「SX4 S-CROSS」。その「顔」の一部を構成するフロントグリルに、同社はバイオポリカーボネート(バイオPC)製の部品を搭載した(図1)。光沢を放つ黒色の、いわゆる「ピアノブラック調」の外観。成形に使った材料は、三菱ケミカルが開発したバイオPC「DURABIO(デュラビオ)」だ。スズキはこのバイオPCで成形した部品の採用を積極的に進めている。

図1 スズキの新型「SX4 S-CROSS」のフロントグリル
図1 スズキの新型「SX4 S-CROSS」のフロントグリル
三菱ケミカルのバイオPCを使って成形した。塗装せずにピアノブラック調の外観品質を得られている。(写真:日経ものづくり)
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 このバイオPCは、植物由来のデンプンから造ったイソソルバイドを質量ベースで4~6割使う。イソソルバイドはデンプンを分解したグルコースを何段階か化学変化させて得られる材料だ。三菱ケミカルはイソソルバイドを外部から調達する。現時点では非可食バイオマス原料であるトウモロコシ(デントコーン)を使っているとみられるが、 「デンプンが得られるのであればイモでもムギでも構わない」(同社)。この原料調達の柔軟性もバイオPCの特長の1つとなっている。

 三菱ケミカルはこのイソソルバイドと石油由来原料を共重合し、カーボネート結合させることでバイオPCを製造する。石油由来原料について同社は明かさないが、ジフェニルカーボネートと脂肪族ジオールとみられる。

 このバイオPCの特徴を一言で表現すると、アクリル樹脂〔ポリメチル・メタクリレート(PMMA)〕とPCのハイブリッドだ(図2)。すなわち、耐久性(耐衝撃性と耐光性)と意匠性に優れるという特性を持つ。具体的には、エンジニアリングプラスチック(エンプラ)であるPC並みの耐衝撃性と、汎用プラスチックであるPMMA並みの耐光性を兼ね備えている。しかも、成形(射出成形や押し出し成形、ブロー成形など)した場合に成形品表面の意匠性に優れるのは両樹脂譲り。すなわち、高い外観品質が得られるというわけだ。

図2 三菱ケミカルのバイオPCの特性
図2 三菱ケミカルのバイオPCの特性
PMMAとPCの長所を兼ね備えている。(出所:三菱ケミカルの資料を基に日経ものづくりが作成)
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採用の決め手は塗装レスで低コスト

 スズキがバイオPCを採用する上で最低条件としたのも、耐衝撃性と耐光性が同社の設計基準を満たすことである。つまり、特性が設計基準をクリアする上に、カーボンニュートラル(温暖化ガスの排出量実質ゼロ)に貢献するのだが、それでもスズキは満足しない。というのも、取引量にもよるが、バイオPCの価格は「アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン(ABS)の3~4倍程度、通常のPCの3倍程度」(三菱ケミカル)と高いからだ。コストに厳しい目を向けるスズキにとって、材料費だけで見た場合に許容できる価格とは言いがたい。

 それでも、採用に関してスズキの首を縦に振らせる最大の要因となったのは、バイオPCを採用した方が、製造コストが下がるからである。その理由は「塗装レス」にある。

 フロントグリルを含めて自動車部品は、PC/ABSアロイやPC/ポリブチレンテレフタレート(PBT)アロイ、アクリロニトリル・スチレン・アクリレート(ASA)の成形品に塗装を施したものが多い。塗装しないと「変色しやすく、傷つきやすくなる。光沢も得られない」(三菱ケミカル)からだ。

 これに対し、スズキのフロントグリルは、バイオPCのペレットを使って射出成形しただけ。従来は後工程に要していた塗装工程を省いた。これにより、フロントグリルのトータルの製造コストは、バイオPC製の方が低く抑えられたという。すなわち、耐衝撃性と耐光性といった特性を満たす上に環境性能が高い。おまけに、意匠性に優れる点を積極的に生かして従来品に比べて製造コストが下がる。ここまで好条件が整ったからこそ、スズキはバイオPC製フロントグリルに切り替えたというわけだ。

平凡な外観デザインでは活用が難しい

 逆に言えば、トータルの製造コストが下がらないと自動車メーカーの採用のしきい値を超えにくい。先述の通り、バイオPCの価格が従来の石油由来樹脂のそれに比べて高いことがネックになっている面は否めない。樹脂に塗装を施す従来の自動車部品に比べてトータルの製造コストを抑えるには、「塗装では難しい形状の外観デザインに仕上げる(を設計する)必要がある」(三菱ケミカル)という。

 例えば、図1のようなスズキのフロントグリルの形状は、複雑な凹凸形状がある上に、貫通穴が多数開いている。この形状は塗装が難しく、塗膜の厚さにムラが生じやすい。加えて、吹き付けた塗料が貫通穴を通り抜けていくため、塗装効率が低下して塗装コストが高まる。対照的に、凹凸のない平板状のようなシンプルな形状の部品は塗装工程のコストが低いため、バイオPCへの置き換えは難しいといえる。

 要は、凡庸な外観デザインではコストの壁を乗り越えられず、バイオPCを使いこなせない。凝った外観デザインの自動車部品に仕上げる必要があるのだ。設計者やデザイナーの設計およびデザインの腕の見せ所とも言える。

 自動車メーカーではスズキのほか、マツダやフランスRenault(ルノー)、トヨタ自動車、いすゞ自動車、ダイハツ工業でDURABIOの採用例があるという。バイオPCの効果的な使い方を習得した企業が採用を増やしているようだ。

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日経クロステック ▶ https://nkbp.jp/3yOUEQ0