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(コンピューターグラフィックス:オリンポス)
(コンピューターグラフィックス:オリンポス)
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 復刻機の設計製作を担当するオリンポスの四戸 哲氏は、赤とんぼ実機の設計について「技術者がわくわくしながら造ったのが手に取るように分かる」と話す。同氏はさまざまな飛行機の構造に通じており、アニメーション映画『風の谷のナウシカ』に登場する飛行具「メーヴェ」をコンセプトとして、小型ジェットエンジン搭載の無尾翼機の製作を担当、人を乗せて飛行させた実績でも知られる。その同氏が見て「こんな飛行機は他に知らない」と言うほど、赤とんぼの設計には突出した試みが多い。

 同氏がこう語る背景には、飛行機を開発できる技術者の層が薄くなり、実質的に技術継承が断絶している日本国内の状況がある。同氏は「航空技術力は飛行機全体の開発を繰り返すことで維持できる。必ずしも最先端機でなくても、短い期間で開発の全過程を経験できる練習機やグライダーの方がむしろ好都合」と指摘する(別掲記事「三菱スペースジェットの失敗、技術者の練習不足に気づかず」参照)

試してみたかった新技術

 赤とんぼが開発された1935年ごろは、複葉機のスタイルはすでに確立され、次世代のセミモノコック構造のような新しい理論や、アルミニウム合金(ジュラルミン)の新しい材料など、新技術が次々と登場した時期*1。その状況で「新しい技術を試してみたくて仕方がなかったのでしょうね」と四戸氏は語る。

*1 1935年時点では、機体全体をジュラルミンで造った戦闘機や爆撃機はまだ採用されていなかったが、開発段階の複数のプロジェクトが全ジュラルミン製にする方針を採用していた。「わずか5年後の1940年に海軍が制式採用した零式艦上戦闘機(零戦)で、ジュラルミンによるセミモノコック構造の技術的なスタイルが(主翼内の脚や燃料タンクの収め方なども含めて)一通り確立した」(四戸氏)。

 最も特徴的なのが、水平・垂直安定板のジュラルミン製セミモノコック構造。機体全体が鋼や木材の骨格に羽布張りであるのに対して「チグハグもいいところだが、尾翼だけちょっと冒険してみたかったのだろう」(同氏)*2

*2 骨格だけであれば、他にもジュラルミンを使った箇所が一部にある。