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 トヨタ自動車の新社長となった佐藤恒治氏は、どのようにして「クルマづくりが大好き」(同氏)な社長になっていったのか(図1)。本稿執筆時点(2023年2月4日)では同社が公開する職歴以外の公式情報が限られているが、周辺取材からその足跡を探ってみた。

図1 トヨタ自動車社長に任命された佐藤恒治氏
図1 トヨタ自動車社長に任命された佐藤恒治氏
2023年1月13日に開催された「TOKYOオートサロン2023」のプレスカンファレンスに登壇した。(写真:トヨタ自動車)
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表 佐藤氏の学歴と主な職歴
(出所:トヨタ自動車の資料を基に日経クロステックが作成)
表 佐藤氏の学歴と主な職歴
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 佐藤氏は1969年10月19日生まれ。進学したのは、早稲田大学理工学部機械工学科である(図2)。大学で研究していたのはディーゼルエンジンの燃焼だという。

図2 早稲田大学理工学部(現早稲田大学西早稲田キャンパス)
図2 早稲田大学理工学部(現早稲田大学西早稲田キャンパス)
毎年、大手企業に多数の学生が就職している。(写真:日経クロステック)
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 同氏の学生時代に同大学でディーゼルエンジンの燃焼について研究していたのは、大聖(だいしょう)研もしくは齋藤研だ。大聖研とは、日本の自動車業界の重鎮であり、ディーゼルエンジンの大家でもある大聖泰弘教授(現名誉教授)の研究室(以下、大聖研、1978~2017年)のことである。齋藤研とは、大聖教授の師匠である同大学の齋藤孟教授(当時)の研究室(1955~1993年)のことだ。大聖研も齋藤研も、かつて同学科の熱工学コースにあった。

 早稲田大学の機械工学科で熱工学コースに進む学生には自動車好きが多く、大学で自動車部に所属する学生も珍しくない。熱工学コースを選ぶ動機として目立つのは、エンジンを研究したいというもの。当然、就職先に自動車メーカーを見据えた選択であるケースが多い。

 「早稲田」「熱工学」「大聖研(もしくは齋藤研)」の3つのキーワードがそろえば、ほぼ間違いなくエンジン好きであり、同時に自動車好きと言っても過言ではない。従って、佐藤氏は少なくとも大学時代には既にクルマ好きだったと推測される(同大学では3年生の段階で研究室への配属が決まる)。大学でディーゼルエンジンの研究を手掛けていたのだから、当然、エンジンの技術者を志してトヨタ自動車の門をくぐったに違いない。

 ところが、トヨタ自動車に入社すると、佐藤氏はエンジン開発部門には配属されなかった。代わりに配属されたのは、技術部門の業務改革を推進する部門。ディーゼルエンジンの技術者になる夢はかなわなかった。生粋のエンジン好きにとって、この配属は相当こたえたのではないか。それでも腐らずに頑張っていたところ、佐藤氏のディーゼルエンジンへの思いを知っている上司からクルマ全体を見る仕事に携わったらどうかといった助言を受け、その後、シャシー設計部門に異動したようだ。

 シャシー設計部門では当初、サスペンションの開発設計に携わっていたという声がある。シャシーの開発設計を手掛けるには当然、ブレーキの利きや、ブレーキを踏んだときのクルマの挙動などを自ら評価できなければならない。テストコースで自らクルマをガンガン走らせて、開発設計したものを評価する必要があるのだ。安全を確保するために、技術者でありながら運転技能の向上も求められる。そこで、佐藤氏も資格を取りながら運転技能を上げつつ、テストコースを自ら運転してブレーキなどの評価を行っていたようだ(図3)。

図3 研究開発施設「Toyota Technical Center Shimoyama」(愛知県豊田市と岡崎市)に設置したテストコース
図3 研究開発施設「Toyota Technical Center Shimoyama」(愛知県豊田市と岡崎市)に設置したテストコース
山間部の地形を生かし、カーブや高低差を設けている。(出所:トヨタ自動車)
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 実際、トヨタ自動車のシャシー設計部門に所属する技術者は運転がとてもうまいという。「同じ技術者でも頭一つ抜けている」(同社の関係者)という評価があるほどだ。なぜそれほどまでに運転技能が高いのかと別の部門の技術者が聞いたところ、「我々は運転できない(運転がうまくない)と仕事にならない」という言葉がシャシー設計部門の技術者から返ってきたという。

 佐藤氏もシャシーの開発設計をしながら“攻めの運転”をハードにこなし、ブレーキなどの性能を評価しながらシャシーを造り込んでいたようだ。こうした業務経験を通じて、ますますクルマづくりが好きになっていったとみられる。